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第56話 処刑エンド令嬢、繋ぎの情報/元の情報

 (なぎ)の葉が、さらさらと風になびく。


 四人と獣面の人物は、向かい合ったまま動かなかった。


 境内を行き交う人々の足音や笑い声は聞こえているのに、まるでここだけが切り取られた別空間のような静けさに包まれていた。


 永遠を感じさせる、長い沈黙の時。


 だが、実際にはほんのわずかな間だったのかもしれない。


「時間が無いとは……どういうことですの?」


 最初に口を開いたのはジェーンだった。


 問いかける声は落ち着いているが、胸の内ではモヤモヤとした感情が渦を巻いている。


 獣面の人物は、少しだけ間を置いてから答えた。


『私はそれを伝える為に現れました。これから全てをお話ししましょう』


 その言葉には、急かすような調子も、突き放すような響きもなく、ただ、事実を順に述べようとする静かな意志だけが感じられた。


『まず、貴女方は、ご自身が”転生した”とお考えのようですが、それは正確ではありません』


「どういうことですの? 転生したから、ワタクシたちはここにこうして存在しているのではありませんの?」


 ジェーンが首をかしげる。


 獣面の人物は、ゆっくりと四人を見渡し、一人ずつ指差した。


駒形(こまがた)姫乃(ひめの)


 (こま)の肩が小さく震える。


虹橋(にじはし)オトメ』


 ジャンヌの指先に力が入る。


南牧(なんもく)覚子(さとこ)


 シャルロットが、思わず息を呑む。


灰島(はいじま)ナデシコ』


 ジェーンの胸が強く打つ。


『貴女方の宿主であるこの四人は、本来事故により死ぬ運命にあったのです』


「――えっ?」


 衝撃の言葉に、四人の声が重なる。


 空気が、一瞬で重く沈んだ。


『まだ年端もいかない少女が、命を散らすのは忍びない……。そう考えた私は、どうにか蘇生出来るようにと、()()の情報を転送しました』


 淡々と語られるが、その内容は重い。


「その”()()の情報”というのが……アタシたち?」


 シャルロットが、震える声で問う。


 獣面の人物は、小さくうなずいた。


()()情報を蘇生させるには、生命活動を持続させなくてはならない。だから私は貴女方を選び、()()の情報として転送させました。貴女方の願いを叶える、という目的も兼ねて』


「つまり……」


 (こま)が、唇を震わせながら続ける。


()()情報というのは、宿主さんの記憶のことで、宿主さんの記憶が蘇生するまでの間、生命活動を維持するために、私たちが選ばれた……?」


 獣面の人物は、何も答えない。


 しかし、その沈黙が全てを物語っていた。


『……人間とは、情報の集合体。様々な情報をまとうことで個性を得て、日々更新してゆく』


 四人は黙って聞いている。


『情報の更新が滞り、全ての人の記憶からその情報が失われた時、それこそが完全なる死なのです』


 言葉の意味は理解できる。


 だが、自分たちの存在をその枠組みに当てはめられることに、どこか現実味が追いつかない。


『伝統文化を例にすると分かりやすいでしょう。どんなに素晴らしい伝統や技術も、その情報を継承する者がいなければ、いずれ途絶えてしまうものです』


 説明は理路整然としている。


 そこに悪意はない。


 むしろ、救おうとした者の立場から語られている。


 だからこそ、反論の言葉が出てこない。


『話を戻しましょう』


 獣面の人物は一度空を見上げ、再び四人を見据えた。


『宿主の記憶の蘇生は完了しました。あと、それを呼び起こすために必要なのは、()()の情報の撤去――つまり、貴女方の願いを成就させ、この世の未練を断ち切ることだけ』


 四人は、はっと息を飲む。


 普通の少女として、平穏無事に生きたい――


 普通の娘として、穏やかに生きたい――


 ただの娘として、平和な世界に生きたい――


 友達を作って、普通の生活を送りたい――


 四人の願いは――それぞれが死の淵で望んだことは、すべて現実になっていたのだ。


 だから、もう――


「役目を終え、願いを叶えたワタシたちは、元いた場所に還るのですね?」


 ジャンヌが静かに問う。


 獣面の人物は、こくりとうなずいた。


「残された時間とは、具体的にどれくらいですの?」


 ジェーンが、重く掠れた声で問う。


『三月末日まで……それを超えた場合、私は貴女方を強制的に還します』


 三月末日――


 それでは、四月の商店街ライブに間に合わない。


 シャルロットの肩が小さく揺れる。


 (こま)は目を伏せる。


 ジャンヌは胸に手を当てる。


 ジェーンは、(なぎ)の幹を見つめ続ける。


『……もしも心の準備が出来たなら、またこの場所へ来てください』


 獣面の人物が告げると、その場に一陣の風が舞う。


「っ!」


 四人は顔を覆う。


 そして風が止み、再び(なぎ)の大樹に目を向けた時、獣面の人物の姿は影も形もなく消えていた。


 呆然とその場に立ち尽くす四人。


 しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。


 遠くで、初詣客の笑い声が響いている。


 世界は、何も変わっていない。


 だが、四人の立つ場所だけが、別の現実に触れてしまったかのようだった。


「……三月末日」


 シャルロットが、小さく呟く。


 (こま)は、自分の両手を見つめる。


 ジャンヌは、ゆっくりと空を見上げる。


 ジェーンは、(なぎ)の幹に手を当てた。


 願いは、確かに叶った。


 けれど――


 宿主が覚醒するためには、自分たちが退かなければならない。


 それは、再び死の淵に立つということだ。


 守られる命がある。


 自分たちは、そのために選ばれた。


 納得は出来ないけれど、理解はできる。


 でも、それでも、まだ終わらせたくなかった。


 まだ、バンドを続けていたい。


 また、この四人で春を迎えたい。


 四人は、自然と横に並ぶ。


 だけど、誰も手を握らない。


 今、誰かの温もりに触れたら、その温もりまでもが崩れてしまいそうだったから。


 それぞれが、自分の胸の内と向き合っている。


 宿主のために還る覚悟と、今を生き続けたいという思い。


 二つの感情の間に立ちながら。


 新年の澄んだ空の下、四人に残された時間が静かに動き始めるのだった。



 処刑エンド令嬢s(レディース)――

 新年の願いはかき消され、再び死の淵が顔を現した瞬間だった。


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