第55話 処刑エンド令嬢、新年の祈りと獣の面
季節は巡り、元日――
澄み切った冬空の下、伊勢崎八幡神社の境内は、朝から参拝客で埋め尽くされていた。
その一角で、巫女装束に身を包んだ四人が、それぞれの持ち場に立っている。
駒は授与所で、お守りや破魔矢を手渡していた。
「こちら、交通安全のお守りです。お気をつけてお帰りください」
丁寧な接客で、笑顔を絶やさない。
ジャンヌは、湯気の立つ大鍋の前で参拝客に甘酒を配っている。
「温まりますよ。どうぞ」
白い息を吐きながら、両手で柄杓を操る。
シャルロットは、隣で豚汁をよそっていた。
「具、たっぷり入れといたよ」
子ども連れの家族に、にこやかに差し出す。
そしてジェーンは、参拝列の最後尾に立っていた。
「参拝の最後尾はこちらになりますわ。列を詰めてゆっくりお進みくださいませ」
ダウンコートを羽織ってはいるが、底冷えする寒さが容赦なく足元から這い上がる。
「くしゅんっ」
思わずくしゃみが出る。
鼻を啜りながら、ジェーンは空を見上げた。
「翁が仰っていた、『その内、返してもらう』というのは……このことだったんですのね」
宮司に向けられた、あの意味深な笑み――
ジェーンは、初めてこの神社に足を踏み入れた日のことを思い出し、白い息と共に小さくため息を吐いた。
*
昼時。
ようやく交代で休憩に入った四人は、社殿の一室でお雑煮を囲んでいた。
湯気の立つ椀を手に、外を眺める。
境内は、まだ人でごった返している。
「すごい数の人ですね」
駒が感嘆の声を漏らす。
「この国の人たちは宗教に無関心だと、最初は思っていました」
ジャンヌが、静かに言う。
「ですが、本当は心の中にしっかりと根付いているのだと、改めて思い知りました」
かつて自らの信仰を広めるため、強引な手段を取った記憶が頭をよぎる。
「八百万の神って言うんだけど、日本じゃ自然とか至る所に神様がいるんだってさ」
シャルロットが、箸を動かしながら説明する。
「自然の中に神を見い出す……素晴らしい習わしですわ」
ジェーンが、感嘆の声を上げる。
やがて、ジェーンはふと真顔になった。
「確かに世界は豊かになりました。かつてワタクシたちがいた時代よりも、遥かに」
三人が、静かに耳を傾ける。
「ですが、それでも人々は迷い、苦しみ、闇を抱えたまま生きています。どれほど時代が移り変わっても、結局人は同じことを繰り返しているだけなのかも知れませんわね……」
その言葉に、それぞれの時代の記憶が重なる。
戦火――
裏切り――
断頭台――
「人間ってさ、弱い生き物なんだよね」
シャルロットが、淡々と続ける。
「だから、群れなきゃなんないし、何かに縋ってないと、不安でしょうがないんだよね」
「人の本質は、結局変わらないということなんですかね」
ジャンヌが苦笑する。
「でも、だからこそ人は誰かと交わるほど強くなれます」
駒が、まっすぐ言う。
「ひとりぼっちで不安だった私たちが、こうして出会えて変われたように」
三人は、コクリとうなずく。
「ワタクシたちは死の淵で願い、こうして今を生きていられます」
ジェーンは、椀を置き、窓の外を見つめる。
「あの方々の願いも、どうか叶って欲しいものですわ」
*
午後三時頃。
セツナが境内に姿を現し、
「今日はほんまにお疲れさん。助かったわ、ありがとうな」
京都弁で労う。
四人は、深く頭を下げた。
着替えを終えた四人は、本殿の長蛇の列を横目に見ながら、自然と梛の御神木へと歩いていた。
そこは、四人が初めて本音をさらけ出し、涙を流し、そして“仲間”になれた場所。
シャルロットが立ち止まり、そっと幹に触れる。
「ここから、全部始まったんだよね」
駒が、感慨深げにうなずいた。
「不思議ですね。たった数か月前なのに、ずいぶん昔のことのように感じます」
ジャンヌが、力強い声で言う。
「春には、商店街のライブがありますね」
「その次は、もっと大きなステージですわ」
ジェーンが、迷いなく続ける。
「ワタクシたちなら、きっと行けます。もっと遠くへ。もっと高くへ」
四人は自然と横一列に並び、手を握り合う。
誰も言葉にはしなかったが、同じことを思っていた。
この四人なら、大丈夫――と。
ジェーンは目を閉じ、
「どうか――」
大樹へ向けて、
「これから先もずっと、この四人が一緒にいられますように!」
白い吐息と共に願いを紡いだ。
その瞬間――
梛の葉が、大きく揺れた。
ざあ、と風が境内を舞う。
そして――
『その願い……残念ながら不可能です』
不意に風と共にもたらされたその声は、決して冷たいものではなかった。
叱責でも、嘲笑でもない。
ただ、静かな事実の告知のように、四人の胸の奥へ落ちた。
ジェーンは、はっと目を開く。
シャルロットが、同時に振り向く。
駒とジャンヌも、互いの顔を見る。
――聞こえた。
四人とも、同じ声を。
「あの声は……」
シャルロットが、震える声で呟く。
「ワタシたちが死の淵で聞いた……神の声!」
ジャンヌが続ける。
四人は周囲を見回す。
大樹の周辺には他に人影は無く、境内を行き交う人々にも何ら異変は無い。
だが。
「あっ!」
上を見上げると、梛の枝に、ひとりの人物が腰掛けていた。
顔には、獣の顔を模した面。
頭には、真っ白な獅子毛。
全身は、白装束。
まるで、能楽師か歌舞伎役者を彷彿とさせる出立ちだ。
それは異質であり、異様な存在感を放っていた。
その人物は、フッと枝から飛び降りる。
だが、落ちるのではない。
重力が存在しないかのように、ふわりと地面へ着地する。
「貴方……誰!?」
シャルロットが叫ぶ。
「神よ! ワタシの前に顕現してくださったのですね!?」
ジャンヌが興奮気味に目を輝かせる。
「貴方が、私たちを転生させたのですか?」
駒が問いかける。
「先ほど、『不可能』と仰られましたが、なぜですの?」
ジェーンが鋭く詰め寄る。
四人の問いが、一斉に投げかけられる。
『ふふふ……そんなに慌てなくても、ちゃんと説明しますよ』
男とも女とも取れない、無機質な声。
『まず、私は貴女方をこの時代へと導いた者です。神とも言えるし、そうでもないとも言える』
飄々とした口調。
四人は怪訝そうに顔を見合わせる。
『そして、先ほどの願いですが……残念ながら受け賜ることは出来ません』
声のトーンが、わずかに落ちる。
「それは、なぜですの?」
ジェーンが、もう一度問う。
獣面の人物は、四人を順に見つめる。
責めるでもなく、試すでもなく。
ただ、惜しむように。
『それは――』
ほんのわずかな間、風が凪ぐ。
『貴女方に残された時間が、もう残り少ないからです』
世界が、しん、と静まり返る。
それは、まるで死刑宣告のように冷たく残酷な言葉。
さきほどまで確かにあった未来の輝きが、指の隙間から零れ落ちるように感じられるのだった。
処刑エンド令嬢s――
新年の祈りが拒まれ、残酷な運命が四人に再び牙を剥いた瞬間だった。




