第53話 処刑エンド令嬢、四人の音とこれからのこと
※前回の「処刑エンド令嬢」
シャルロットが加わり、四人となった「処刑エンド令嬢s」。
シャルロットの自宅に付き添ったジェーンは、かつて病院で励ましてくれた老婆と再会し、
不思議な巡り合わせを実感するのでした
伊勢崎八幡神社の地下スタジオへ戻った四人は、それぞれの楽器を手に、いつもの配置についた。
スタジオ中央で、覚子――シャルロットは、自宅から抱えてきたキーボードケースを床に置き、ゆっくりとファスナーを開ける。
黒光りする鍵盤を慎重に取り出し、専用スタンドに載せ、高さを調整する。
電源ケーブルを差し込み、アンプにラインを通し、軽く鍵盤を叩いて音を確認する。
澄んだ音が、スタジオの壁に柔らかく反響した。
その様子を見守っていたジェーンは、ギターを肩に掛け直し、スタジオを見回した。
ドラムセットの前に駒、ベースを構えるジャンヌ、そしてキーボードの前に立つシャルロット。
四人いる――
それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「では、始めますわ」
ジェーンが、静かに告げる。
一同が、コクリとうなずく。
「ひ、ふ、み、よっ!」
駒のカウントと同時に、スタジオの空気がぴんと張り詰める。
最初に鳴ったのは、シャルロットのキーボードだった。
「神籬」の前奏。
澄んだアルペジオが、地下スタジオのコンクリート壁にやわらかく反射する。
今まで何度も聴き、何度も演奏してきた旋律。
なのに――
今日は、まるで違う。
鍵盤の低音が、地面のようにどっしりと曲を支え、その上に透明な旋律が重なる。
音に“床”がある。
音に“空”がある。
ジェーンは、無意識に息を呑んだ。
(……これが、四人の音)
ギターを構え、ピックを弦に落とす。
キーボードの響きと、ギターのリフが絡み合う。
これまで三人で鳴らしていた時は、常に“隙間”があった。
今は違う。
ジャンヌのベースがその隙間を縫い、駒のハイハットが細やかに刻むリズムが、全体を縛る。
やがてドラムが大きく入り、曲は静から動へと切り替わる。
キーボードがストリングスのように広がり、
ジェーンのコードを優しく包み込む。
ジャンヌがマイクに口を寄せる。
息を吸う音が、わずかに聞こえた。
次の瞬間、伸びやかな歌声が空間を満たす。
シャルロットは、サビ直前で和音を一段厚くする。
その変化を、ジェーンは一瞬で察する。
目が合う。
ほんの刹那のアイコンタクト。
ジェーンはリフを一段強く弾き、駒はバスドラムを一発深く踏み込む。
ジャンヌは、声をさらに前へ押し出す。
四人の呼吸が、ぴたりと重なる。
それは、偶然ではない。
誰かが誰かを聴いている。
誰かが誰かを信じている。
演奏は、会話だった。
言葉のない会話。
サビに差し掛かる。
キーボードの高音が光のように差し込み、ギターがそれを追いかける。
ベースが曲を押し上げ、ドラムが心臓のように鼓動する。
シャルロットは、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(……ここにいていいんだ)
ジェーンは、歯を食いしばるほど笑っていた。
(四人で鳴らす音は、こんなにも強い)
曲はクライマックスへ。
ジェーンのギターが駆け上がり、キーボードが最後の和音を重ねる。
ジャンヌの声が伸び、駒がクラッシュシンバルを叩き込む。
――ジャーン。
最後のコード。
余韻が、ゆっくりと消えていく。
誰もすぐには動けなかった。
シンバルの残響が消えた後も、四人の鼓動だけが、スタジオに響いていた。
しばしの沈黙。
「……これが、『神籬』?」
ジェーンが、ぽつりと呟く。
「いつもと、全然違いました……」
駒が、目を輝かせる。
「新生『処刑エンド令嬢s』の幕開けです!」
ジャンヌが、拳を握りしめて言う。
その瞬間。
パチ、パチ、パチ。
扉の方から、ゆったりとした拍手が響いた。
振り向くと、そこには天守|セツナが立っていた。
「いやぁ、今まで聴いた中で一番ええ演奏やったわ」
柔らかな京都弁で、にやりと笑う。
「ありがとうございます!」
四人は、声を揃えて頭を下げる。
「覚子ちゃんも、ようやく自分の気持ちに素直になれたみたいやね」
セツナがそう言うと、シャルロットは少し照れたようにうなずいた。
「そんなキミたちに朗報や」
セツナが、意味ありげに笑う。
一同が首をかしげる。
「毎年四月にな、商店街の振興組合主催で小さな催しがあるんやけど、そこのライブステージに立ってみぃひんか?」
「商店街の催しで……ライブ……?」
「私たちが……出させてもらえるのですか?」
現実味が追いつかず、四人はきょとんとする。
「ああ。振興組合の理事長が、キミらのライブを偶然観たらしくてな。たぶん、気に入られたんやろな」
「また、ライブが出来るんですのね……」
文化祭のステージを思い出し、ジェーンの胸が高鳴る。
「どうする?」
挑発的な笑みで問うセツナ。
四人は顔を見合わせ、同時にうなずいた。
「もちろん、出ます!」
声が重なる。
「そうか」
セツナは、満足げにうなずく。
「そのライブでも、観客を盛り上げてやりましょう」
ジャンヌが拳を握る。
「当然ですわ。『処刑エンド令嬢s』の名を広く知らしめる絶好のチャンス、みすみす逃す手はございませんわ」
ジェーンも胸を張る。
だが。
「甘い」
セツナの声が、低く落ちる。
「え?」
出鼻を挫く反応に、四人は一斉にセツナに顔を向ける。
「どれくらい甘いか言うたら、グラブジャムンくらい甘いで」
真剣な目で、さらなるダメ出し。
「そ、そんなに甘いですか?」
実際にグラブジャムンを食べたことのあるシャルロットが、震えながら言う。
セツナは、こくりとうなずく。
「文化祭はな、いわば身内同士の集まりや。多少荒くても、お客は乗ってくれた。でもな、今度は見ず知らずの通行人が相手や。足を止めてもらうだけの力がなかったら、誰も見向きせえへんで」
「で、ですが、ワタクシたちの演奏レベルもだいぶ上がって――」
「それが甘い!」
人差し指をビッと突き出し、一喝する。
ジェーンは、ビクっと肩をすくめる。
「ナデシコちゃんのギターな。勢いで誤魔化してるけど、ちょこちょこピッキングミスしとるし、余弦ミュートが甘いから雑音が交っとるで」
「うっ……」
心当たりがありすぎて、返す言葉も無かった。
「そういう細いとこ、耳の肥えた客は見逃さへんで」
「心得ましたわ……」
途端に意気消沈するジェーン。
「駒ちゃんもや」
今度は駒を指差す。
「フィルインの入り、ほんのちょっと走る癖あるやろ? それと、バスドラムや」
足元をとん、と示す。
「気持ちが乗ると、キック強なりすぎて前に出てまう。音量と踏み込み、もう少し揃えられたら、グッと安定するで」
「ご、ご指摘、痛み入ります……」
駒は、しゅんと肩を落とす。
「オトメちゃんはな」
ジャンヌを見据える。
「ベースと歌、どっちかに意識が寄りすぎる瞬間あるやろ? サビでベースライン甘くなるとこ、何回かあったで。両立できてこそ、本物や」
「精進します」
ジャンヌが、きっぱりと答える。
「それと、覚子ちゃん」
シャルロットに視線を向ける。
「キーボードは、今日の演奏で一番バンドをまとめてた。空間の埋め方も上手いし、和音の選び方もセンスある。キミがおるだけで、音が安定しとるわ」
シャルロットの目が、驚きで丸くなる。
「ずっと、誰も知らんとこで練習してたんやろ?」
優しい声で称えるセツナ。
シャルロットは、嬉しそうにうなずいた。
「ライブ参加の意志は受け取った。でもな」
セツナは、全員を見回す。
「これからは初心者扱いせえへん。相応のレベルの課題、ガンガン出していくで。覚悟しぃや」
「はい!!」
四人の声が、スタジオに力強く響いた。
処刑エンド令嬢s――
四人で初めて音を重ね、次なる舞台へと挑む覚悟を固めた瞬間だった。
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第54話は、
「処刑エンド令嬢、晩秋の決意とそよぐ風」
をお送りします。
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