イージーモード vs ハードモード
レイラとシェラは挨拶を終えると、教室の後方に並ぶ空席へ腰を下ろした。ほどなくして一時間目の始まりを告げる声が響き、レイラは慌てて鞄を開き、教科書とノートを探す。
すると中には、その日の授業に合わせた教科書とノートがきちんと揃えて入れられていた。どれも真新しく、使う者を待っていたかのように整っている。
(あぁ、あのメイド……じゃなかった、聖樹侍女さんたちが用意してくれたんだ。やさしくてちょっと感動……うぅぅ)
至れり尽くせりな待遇にレイラは感動しながら授業に臨んだ。
(この厚意に報いるためにも、せめて勉強は頑張らないとっ!エルフ族の知識を身につけるぞっ!)
そう意気込みながら、レイラは教壇の横に掲げられた時間割へ視線を向ける。
(一時間目とか二時間目とかあるのは、魔導学校も、ここへ来る前の学校も同じか……。こういう仕組みって、どこでも同じだったりするのかな。……あれ、授業は三時間目までしかない?まぁいいか。一時間目は、国語ね)
授業の準備をしようと、周囲の生徒たちが手にしているものを横目で確かめながら、レイラも同じ教科書を鞄から取り出して開いた。表紙も本文も、教科書とは思えないほど美しく装飾されている。
(これかな?おぉ、綺麗な教科書だ~っ!なんか嬉しいっ!)
しかし、国語の教科書をぱらぱらとめくっていくうちに、レイラはすぐさま強い違和感を覚えた。
(……お、おんやぁ?えぇ?ほ、本当にこれ?)
文字は共通語なので問題なく読める。だが、まず目についたのは、一文字一文字がやけに大きいことだった。しかも頁ごとに色鮮やかな挿絵が添えられていて、どう見ても立派な教科書というより、丁寧につくられた絵本に近い。
思わずレイラは、鞄を用意してくれた聖樹侍女たちの顔を脳裏に思い浮かべた。
(もしかして聖樹侍女さん、教科書を間違えた……?)
けれど、こっそり周囲を見回してみれば、他の生徒たちが開いているのもまったく同じ本だった。どうやら誰かの手違いというわけではないらしい。
(う、うそでしょ?みんな私と同じくらいの歳に見えるのに……。あ、あぁ、そうか。エルフだから見た目と年齢が違うのかも。実はみんな、幼稚園児くらいだったりして……。
……い、いやいや、じゃあシェラは? あいつはどう見ても私と同じくらいでしょ?)
慌てて横を見ると、シェラもまた教科書を眺めたまま、露骨に眉をひそめていた。目が合うと、彼女は呆れたように小さく首を横に振る。
(あ、やっぱり。シェラも同じこと思ってるんだ)
次の授業は算数だったが、こちらも拍子抜けするほど初歩的な内容だった。三時間目の歴史も、ハマルにまつわる逸話がいくつか語られただけで、深みも広がりもない。
転校初日だというのに、胸を躍らせるような発見はひとつもなかった。
(なんだこれは~~っ!!)
期待していたぶんだけ落差は大きく、レイラは頭を抱えながら心の中で絶叫した。
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三時間目が終わって昼休みになると、レイラは教室の女生徒たちにたちまち取り囲まれた。
「レイラ様っ!ご一緒にお食事でもいかがでしょうか?」
「ぜひ、ご一緒にっ!」
「魔導学校のお話も、ぜひお聞かせくださいませっ!」
一斉に身を乗り出してくる勢いに、レイラは思わずたじろいだ。
(こ、この子たち、コミュ力高いなぁ~……)
だが、それより先にシェラへ問いたださなければならないことがある。
「も、申し訳ございませんわ。初日は何かと立て込んでおりますので……。お、おほほ……」
口をついて出たのは、なぜか妙に板につかないお嬢様口調だった。自分で言っておきながらなんでこんな口調なのかと思った。
「あら、残念ですわ……」
「レイラさんともっとお話ししたかったのに……」
「そうですわね、魔導学校のことも伺いたかったですのに……」
「お、おほほ……、また、明日にでもぉ。ちょっと、シェラッ!こっち来てっ!!」
「な、なんだ……」
レイラはシェラを呼びつけると、そのまま足早に教室を出た。唯一の男子生徒を名指しで連れ出したものだから、教室の空気はたちまちざわめく。
「ええっ、どういうご関係なのかしら?」
「もうお付き合いなさっているとか?」
「まあ、それでっ!」
背後からそんな声が聞こえてきたが、今のレイラには気にしている余裕などない。シェラを廊下の隅まで引っ張っていき、周囲に誰もいないことを確かめると、彼女はぐいと詰め寄った。
「シェラッ!どういうつもりなのよっ!」
「な、何がだ……」
いきなり詰め寄られ、シェラは思わず身構えた。学校に通わされた理由でも問い詰められるのかと思ったのだ。
「なんなのよ、この授業はっ!簡単すぎて勉強にならないじゃないっ!」
「……そっちか」
予想外の方向から怒られ、シェラは肩の力を抜きながらも、なお戸惑いを隠せなかった。
「そうだな、噂どおりだった」
「噂どおり?知ってたなら先に言ってよ!こんなの、分かってたら断ってたもんっ!」
「君の知的好奇心を満たせなかったのは申し訳ない。だが、噂が本当かどうかまでは分からなかった。僕も実際に見て驚いている」
「はぁ……、明日からどうしよう。退屈すぎて死んじゃいそう……」
「死なれては困るのだが……」
「赤目さんの学校も、こんな感じだったの?」
「いやまさか……。この程度で魔導学校に入れるはずがない」
「緑目さんのところは、なんでこんな授業なのかなぁ……」
「ここに通う生徒は、ほとんどが貴族だと聞いている」
「貴族?あぁ、だからお嬢様っぽい人が多いのか」
「要するに、彼女たちは勉強をする必要がないのだ。学校に通ったという体裁と、将来の人間関係を築くために来ている」
「なにそれ……」
「しかも、卒業したらすぐに結婚する者も多いらしい。男なら、特に何もしなくても要職に就けるとも聞く」
「う~ん、そうか……。みんなイージーモードだなぁ……」
「い、いーじー?なんだそれは?いつもの禍族語か」
「生きるのが簡単だってことっ!と・に・か・くっ!もっと面白い授業を希望っ!そうじゃないと……」
「そうじゃないと……?」
レイラは、縛られていつ死ぬかも分からない牧玲羅から卒業したのだと考えていた。そんな自分は、恋をした。しかし、時間が戻ったような状態になり、サダクは消えてしまった。
別に禍族と呼ばれても良かった。退屈な日々でなければよかった。生きている実感が欲しかった。
「魔導学校に帰っちゃうぞっ!」
「そうか……」
レイラが啖呵を切ると、シェラは彼女の方に向き直り、真顔で彼女の顔をじっと見つめている。レイラはどうしたのかと戸惑った。
「……な、なによ。ど、どうしたのよ」
「君は僕が守るっ!安心してくれっ!」
乙女ゲームなら胸が高鳴る台詞なのだろうが、レイラは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ!あははっ!何言ってるのっ!かっこつけ~っ!何から守るっていうのよっ!あははははっ!」
「くっ……。勉強についてはハマル様にも伺ってみるっ!わ、私は用事があるのだっ!」
シェラは顔を赤くすると、それを見られたくないのか、逃げるようにその場を離れていった。
だが、頬が熱くなっていたのはレイラも同じだった。
「行っちゃった……。用事なんてないくせに。ちょっとだけキュンとしたぞ……」




