退屈な決めゼリフ
レイラは退屈のあまり、教室の窓からぼんやりと外を眺めていた。
相変わらず空は岩盤に覆われ、ここが地上ではないことを嫌でも思い出させる。ところどころに埋め込まれた透明なクリスタルだけが、天井の裂け目のように太陽光を地上へ落としていた。
この半ば密閉された土地は湿度が高く、粘菌類が育ちやすい環境でもある。しかもそれらは、地球の木々に匹敵するほど巨大に成長し、多種多様なキノコを生やすため、木材ならぬ菌材として扱われることも多かった。
だが、緑目エルフ族の国は比較的湿気が少ないのか、ここでは光合成を行う緑の木々が目立つ。しかも、樹齢数百年はあろうかという巨木がそこかしこにそびえ立っていた。レイラの教室から見える巨木もその一つで、学園では聖樹と呼ばれている。
窓際の席に座る彼女は頬杖をつき、窓越しに、何とか聖樹のてっぺんが見えないものかと目を凝らしていた。
(相変わらず大きいなぁ……。上が全然見えないぞ~……。樹齢千年は超えてそうな気がするんだけど……そもそもこの世界、種族ごとに寿命がばらばらだから、年齢感覚がいまいち分からないのよねぇ)
ふと教室を見回すと、身なりの整ったエルフの女子生徒たちが十名ほど座っていた。
(エルフ族のこともよく分からないのに、木の年齢なんてもっと分からないなぁ……)
男子生徒は、右隣にいるシェラただ一人だった。
(こいつめ、ハーレム状態ではないかっ!)
そんなことを考えながら再び聖樹へ視線を戻したレイラを見て、教師のアリオトは、授業にまるで集中していない彼女に苛立ち、顔をわずかに引きつらせた。
「レイラ君っ!」
「ふぁ、ふぁいぇっ!?」
不意に名を呼ばれたレイラは、びくりと肩を震わせ、思わず妙な声を上げてしまった。あまりに間の抜けた返事に、教室は一瞬笑いに包まれ、アリオトは頭を抱える。
「はぁ……。君が聖女だからこそ、この学園に通っているのですよ。それなのに、私の授業より聖樹様のほうが気になるとは、どういうことですか?」
アリオトは静かに怒っていた。だがそれ以上に、レイラという存在そのものを疎んでいるのがありありと伝わってくる。露骨に話すのも嫌そうな顔を向けられ、レイラも負けじと対抗心を燃やした。
「いえ、先生っ!以前も話しましたけど、私は"聖女"ではなくって、"禍族"なんですっ!」
「まがぞく……。まあ、それは魔導学校でのお話でしょう? ハマル様からは、あなたが聖女であり、我々の未来を担う存在だと伺っているのですよ?」
普段は落ち着いているアリオトも、さすがに語気が強くなる。
「それはハマル様が何か勘違いなさってるんです。だいたい、魔力も貯まらない禍燃費な私が、聖女なはずないのですっ!」
アリオトとのこのやり取りも、もはや何度目か分からない。レイラの自虐ネタは半ばお決まりになっており、教室のあちこちからクスクスと笑い声が漏れる。アリオトも、もはや呆れ果てていた。
「もう分かりました……。それでは、この問題は解けますか?」
アリオトの指差した先、黒板代わりの魔法板には数字が浮かび上がっていた。地球の表記でいえば、「5+5+5+5+5=」だ。
「25ですね」
「正解です……」
ただ、かけ算に置き換えただけ。それでも、ほとんど間を置かずに答えたせいで、教室はどよめき混じりの歓声に包まれた。けれどレイラは、少しもうれしいと思えなかった。
(あぁ、もうっ!持ち上げすぎだよっ!算数だよ、算数っ!学力のレベルが低すぎるんだってばぁ……)
「さすが聖女ということですか……。とはいっても授業はちゃんと聞くように……」
アリオトは苦々しげにそう締めくくったが、レイラはこの程度のことで大げさに持ち上げられることに、ただただうんざりしていた。
魔導学校では散々見下されてきたのに、ここでは逆に持ち上げられる。その落差が妙に居心地悪くて、レイラは半ばやけになってアリオトへ言葉を投げた。
「つまり、"転校生は、かけ算ひとつでエルフの授業を無双する"って感じですっ!ピシッ!」
勢いのまま飛び出したラノベタイトルめいた決めゼリフに、教室の空気が一瞬で凍りつく。
「あ……」
レイラは決めポーズのまま硬直し、みるみるうちに頬を真っ赤にした。隣ではシェラが深々と頭を抱えている。
「……な、なんでもないです」
いたたまれなくなったレイラは、そそくさと席に着くと、そのまま机に突っ伏して教科書へ顔を埋めた。
(あ~、恥ずかしい……。なにやってるんだ私は……)
ようやく顔を上げて教科書に目を落とすと、今度は別の意味でうんざりする。
(それにしたって、もう少しくらい面白い授業だったらいいのになぁ……)
そう思った瞬間、レイラの意識は、エルフ族の知識を身につけようと張り切っていた転校初日のことへと遡っていった。




