脱出?出国?②
時間が巻き戻ったあと、イェッドは寮のベッドで目を覚ました。
「ここは寮か……」
上半身を起こした瞬間、コカブ校長の姿が脳裏によぎる。
「校長は、この星の問題について何か知っている……?」
だが、ベッドから立ち上がった途端、激しいめまいに襲われ、その場に崩れ落ちてしまった。
「あ、あれぇぇ……?世界が回ってるぅぅ……?」
「……ん?イ、イェッドッ!ど、どうしたんだっ!!」
物音で目を覚ましたシェラは、ベッドの傍らで荒い息をつきながら倒れ込むイェッドに気づくと、慌てて寮母を呼んだ。そうして、イェッドはそのまま入院することになった。
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イェッドの入院を知って以来、ポリマーが病室に寝泊まりするようになって、早くも一ヶ月近くが過ぎていた。今日も彼女は、タオルで汗を拭い、極限まで弱めた氷魔法で熱を和らげていた。
同族ですらない相手に羽族の少女がつきっきりで看病している光景は、周囲の目にはどこか異様に映っていた。病院内では、羽族の国が龍族に制圧されたのだとか、弱みを握られて従わされているのだとか、果ては龍族の奴隷魔法をかけられているのだとか、様々な噂が飛び交っていた。
そんな噂など意に介さず、ポリマーは癒やしの魔法も試した。だが、その力はまるで届かず、彼女は肩を落とす。結局、今のポリマーにできるのは、イェッドの手を握ってそばにいることだけだった。
「医者もどうしていいか分からないみたいだし、癒やしの魔法も効かない。イェッド……、どうしてこうなってしまったのかしら……」
やがて、イェッドがかすかに薄目を開けた。
「イ、イェッドッ!!!」
イェッドの目には、ベッドの傍らに付き添うポリマーの本来の姿が映り、その名を呼んだ。
「ネ、ネシュレ……?」
だが、やがて実態である身体が重なって見え始めた。
「あ、あぁ……、ポリマー……?ハァ、ハァ……」
「イェッド……ッ!良かった……。目を覚ましたのね……」
「そばにいてくれたんだね、あ、ありがとう……」
目に涙を湛えたポリマーだったが、照れ隠しのためか、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「バカねっ!あんたのことなんて心配しているわけないでしょっ!腐れ縁だからいてあげただけっ!」
「あはは……。なんか懐かしい……」
「ふんっ!」
「この世界は、お父様の力が弱すぎるよ……。あの姿になると身体に負担が掛かるらしい……。ハァ、ハァ……」
「もう、イフレールになるのは止めなさいよね。いくら何でもあなたが心配だもの……」
「別に身体ぐらい……。魂は永遠だ……」
「そういうことを言っているんじゃないのっ!あなたが苦しむ姿を見たくないのっ!」
「やさしいなぁ。まぁ、肉体の苦しみは魂につながっちゃうからね……」
「まだ息が荒いわね……。寝てなさい」
「……あれ、ちょっと待てよ?死んだら仕事をしなくて良くなる?」
考え込んだ末にイェッドがそう口にした途端、彼の身体は一瞬で部屋の壁まで吹き飛ばされ、そのままめり込んでいた。
「グボッ……。や、病み上がりに、こ、高速パンチ……?こ、これは苦しむ姿なのでは……?」
その衝撃で病室どころか病院全体が揺れ、医師や看護師、患者たちまで動揺していた。
「あんたのそういうところが駄目だって言ってるのっ!」
「ま、まだ回復しきっていないのに……。や、やさしさは……?イタタ……、しかし、龍族の身体が頑丈で助かった。今度は打撲で入院するところだった」
イェッドは、めり込んだ壁から身を引きはがすように降りると、呆れ顔のポリマーを見て真顔になった。
「そ、それよりポリマー。校長は?校長はどうしている?」
「校長?魔導学校の?」
「そうだ、コカブ校長だよ」
唐突に校長のことを尋ねられ、ポリマーは怪訝そうに眉をひそめた。
「校長がどうしたの?私はここにいたからしばらく見ていないわ」
「……コカブ校長、あの人が元凶だ。一つ前の時間でそれが分かった」
「えっ!?あの場にいたということ?」
「そうだ。三ツ目族を暴走させていた」
「あの魔力暴走の引き金を引いていたのね……。でも、どうして?」
「詳しくは分からないけど、三ツ目族を全滅させようとしていたんだ。だから、彼らを他の空域に転送したんだ」
「それでイフレールになったのね……。霊力を使い切ってしまうほどの力を使うなんて……」
「いや~、まさか熱で倒れちゃうなんてねっ!あははははっ!」
能天気に笑うイェッドは、ポリマーの殺気を感じ取って冷や汗を流した。
「……ま、待って待って、高速パンチなしっ!ま、まだ全力じゃないんだから……」
ポリマーは振り上げかけた手を下ろすと、校長の姿を思い浮かべた。穏やかな顔立ちの校長が、何かを企んでいるようにはどうしても思えない。
「だけど、校長が元凶……?本当なの?」
「この星の問題と関係があると思う。ごめん、これは直感だから証拠がまだないんだ……」
「あなたの直感は怪しいのよね……」
「えぇ……、信頼ゼロ……?」
「いいから寝なさいよ」
「吹っ飛ばしておいてそのセリフ……。でも、寝るよ。本当に疲れてる……」
イェッドが再びベッドに潜り込んだ、そのときだった。病室の扉が大きな音を立てて開き、誰かが入ってくる。
壁が壊されたことに気づいた職員が来たのだろうと、ポリマーは思った。
「あっ!ほら、あなたが騒ぐから誰か来たじゃないっ!」
「ポ、ポリマーさん?あなたの高速パンチが原因ですよね……」
しかし、病室に入ってきた魔族は医師や看護師ではなかった。イェッドの姿を認めるなり、彼は大声を上げて叫び、泣き出した。
「おぉぉぉ……っ!お、王子っ!!ご病気で入院中だと聞いて心配しましたっ!あぁ、それよりも生きていて本当に良かったっ!!よ、よくご無事で……、うぅぅぅ……」
それはイェッドと同じ龍族だった。大粒の涙をこぼしながら、彼はイェッドを見つめている。
体格はイェッドより一回り大きく、屈強な身体つきをしていた。戦士の装いにも仕立てのいいスーツにも見える、威厳のある服を着込んでいる。
「りゅ、龍族……さん?」
突然現れた同族を前に、当のイェッドは相手が誰なのか分からず、戸惑うばかりだった。




