宮殿校舎
レイラとシェラが校舎に入ると、そこには下駄箱もなく、天井の高い広々としたエントランスが広がっていた。天井からはシャンデリアが下がり、左右には二階へ続く、ゆるやかに曲がった階段がある。そのあまりの立派さに、レイラは本当に学校なのかと思った。
(ここはベルサイユ宮殿かっ!……行ったことないけど)
シェラはレイラをどこかへ案内するつもりだったようだが、どうにも頼りない。行き先が分からないのか、あちこちを見回して落ち着かない様子だった。
「シェラ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だっ!い、今、確認しているところだっ!」
「全然、大丈夫そうじゃないんだけど……」
仕方なくレイラが近くの生徒に尋ねようとしたが、その生徒は二人を警戒しているらしく、声をかけられる雰囲気ではなかった。そもそも、どこへ向かっているのかさえ分からない。レイラは結局、シェラに任せることにした。
「シェラ、ガンバレッ!」
「クッ!」
馬鹿にされたと分かったのか、シェラはムッとしたように声を漏らした。しかし、それどころではないらしく、校舎の時計をしきりに気にしている。目的地に間に合うかどうか、焦っているようだった。
「あぁ~~、間に合わないぞっ!どうしたら良いのだっ!あ、あの生徒に聞こうっ!」
(シェラが慌てて、私が冷静っと。いつもと逆で面白いっ!)
結局、シェラがあたふたしながら色々な生徒に道を聞き、たどり着いたのは二階の隅にある、校舎には似つかわしくない大きな扉の前だった。
「つ、ついた……。ハァ……、ハァ……。ギリギリだな……」
シェラは一人で走り回っていたせいで、すでに疲れ切り、息も絶え絶えだった。一方、レイラはというと、この学園の豪華さに圧倒されながらも、シェラの必死さが可笑しくて、内心で笑いを堪えている。
「しっかし、この扉も学校とは思えない豪華さっ!」
「と、ともかく、ここに来るように言われていたのだ……。ハァ、ハァ……」
扉の上には共通語で"校長室"と書かれているのでレイラにも読み取れた。校長室だ。つまり、この学園の最高責任者に会うということになる。
「それにしたって、いきなり校長先生にご挨拶?」
「そ、そうだ。それだけ君が重要な人物ということなんだ……ハァ、ハァ……」
「ふ~ん」
レイラは未だに実感が湧かなかった。ハマルという緑目エルフ族の族長に助けてほしいと言われても、何が何だか分かっていなかったし、この展開も急すぎた。そんなレイラとは対照的に、シェラは緊張しているのか、深呼吸を繰り返して呼吸を整えている。
「入らないの?」
「す、少し待つのだ……。ハァ、ハァ……。コ、コホン……」
「時間に間に合わないぞ」
「ま、待てと言っている……あっ!」
コンコン……
いつまで待ってもシェラが入ろうとしないのでレイラがノックしてしまった。
「な、なにをするっ!」
「なにをってノックだよ?入るんでしょ?」
「わ、私がするところだったのだっ!」
「だったら、さっさとすれば良いのにっ!」
「こ、呼吸を、と、整えているところなのだっ!よ、よしっ!ノ、ノックするぞっ!」
「もうしたってばぁ……」
シェラが気合いを入れ直して、改めてノックしようとすると、中から声がした。
「どうぞ、入るがいい」
「えっ、あっ……」
シェラは、その声に驚き、戸惑っている。しかし、それでも彼は扉を開けようとしない。
「モタモタしてぇ……。考えすぎの完璧主義なんだから……。入るよ?」
レイラは、モタモタするシェラに苛立ち、さっさと扉を開けてしまった。
「あっ、レイラッ!!」
「失礼しま~すっ!」
レイラが先に入ってしまうと、シェラも慌てて後に続いた。そして、先を越されたレイラを制するように、すぐさま挨拶を始めた。
「お、おはようございます。わ、私はシェラと言います。レイラを、つ、連れて参りました。ほ、本日から、よ、よろしくお願いします」
(ぷっ、緊張しすぎっ!)
レイラは、かっこつけの見栄っ張りめと思ったが、たどたどしい挨拶を聞いて吹き出しそうになった。
すると、窓際の大きな椅子に座っていた一人のエルフが立ち上がり、こちらを見つめた。
「君がシェラ君か、こちらこそよろしく。私は校長をしているメラクだ」
メラクは、二十歳ぐらいにしか見えないほど若々しかった。髪は伸ばしかけなのか肩までしかなく、エルフには珍しく髭を生やしている。頭の周りを覆うように装飾品を身につけ、額には大きな緑色の宝石が輝いていた。
(な~んと、若いなぁっ!本当に校長先生?あっ、でも私より凄く年上なんだろうなぁ)
レイラは、カチカチに緊張しているシェラとは対照的に、落ち着いた様子でメラクを見つめていた。
そして、お辞儀をしながら、挨拶だけはしおらしく口にした。
「はじめまして。レイラと言います」
「おぉ、君がレイラ君か。我が校に入学したかったと聞いている」
「え?えぇ、まぁ……」
話が完全に曲解されて伝わっていたが、否定するわけにもいかず、レイラは困った顔で返事をした。
「急だったがなんとか入学できるように手配したのだ。我が校で緑目エルフ族について知識を深めて欲しい」
「は、はい……。た、楽しみにしています……?あはは……」
適当に会釈はしたものの、「今日からよろしくお願いします」と言うのもためらわれ、それ以上は何も言えなかった。
「さぁ、こちらが君たちのクラスを担任するアリオト先生だ」
すると、校長席の前のソファに座っていたもう一人の男性が立ち上がった。メラクよりも若い男性教師のようだが、エルフの年齢が全く分からないレイラには同じ歳に見えた。アリオトはスーツに似た服を着ていて、頭に装飾品をつけている。額に見える宝石は少し小さい。後から分かったが、これは教師を表す装飾品だった。
「私はアリオトという。君のクラスの担任だ」
「は、はいっ!よ、よろしくお願いします」
シェラは相変わらず緊張しながら挨拶した。
「よろしくお願いします」
レイラも合わせるように挨拶したのだが、アリオトはレイラを一通り見回すと、顔を引きつらせた。
(うわ~、あからさまに嫌がっているよ……。異質な魔族だし、気持ち悪いんだろうなぁ……。てか、私は人間だぞ)
「さぁ、挨拶も済んだことだし、アリオト先生、彼らを教室に案内してくれたまえ」
「メラク校長、かしこまりました」
アリオトはメラクに会釈すると、先に校長室を出た。レイラとシェラも軽く会釈をして、その後を追うように校長室を後にした。
教室へ向かう廊下で、レイラは何なんだこの状況はと頭を抱えた。
(ハァ~、もう引き返せない気がする……)
校長の一言だけが唯一の救いだと、レイラは思った。
(緑目エルフ族の知識とやらを身につけるかぁ……)




