イレギュラーな怒声
朝早くに出たおかげで、レイラ、ギエナ、フムアルの三人は日暮れ前に寮の近くまでたどり着けた。だが、数時間も歩き通しだったため、寮が見え始めた頃には三人ともすっかり疲れ切っていた。
「み、見えてきたね、ギエナ……」
「お、おう……。さ、さすがに歩き続けて疲れたんじゃまいか……」
フムアルも二人の後ろで、息も絶え絶えになっていた。
「ハァ、ハァ……。歩くだけならまだ何とかなったかもしれないけど、ノラ魔族たちにも襲われたからね。シェラがいないだけで、こんなに大変だったなんて……」
彼女たちは歩き続けたうえに、道中でノラ魔族たちにも何度か襲われていた。
「んだね~。ほとんど、あたしとフムアルで戦ってたようなもんだからね……ジロッ!」
ギエナにじろりと睨まれ、レイラは思わず身をすくませた。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
禍燃費なレイラは、魔力回復の杖も失ってしまっていたため、戦闘ではほとんど役に立てず、ギエナたちの後ろで途中で買った安物の杖を振り回すことしかできなかった。
「あははっ!レイラ、ごめん。冗談だってばぁ~っ!無事に着いて良かったよっ!早く部屋に戻ろうよぉ~」
「そうだね、お風呂にも入りたいっ!」
すっかり気が緩んだレイラたちが寮に入ると、そこには恐ろしい何かが腕を組んで立っていた。
レイラたちはすでに数日間にわたって無断外泊をしている。その事実を思い出したのは、寮長キノスラの姿を目にした瞬間だった。
「あっ!!」
蜂族である彼女の複眼は、普段はどこを見ているのか分かりにくい。だが今は、その視線が怒りを込めてまっすぐこちらに注がれているのがはっきり分かった。三人は、蛇ならぬ蜂に睨まれたカエルのように固まった。
「あっ、ではないっ!!!こんな時間に戻って来て今まで何をしていたのだっ!!!」
いつもは静かに話す彼女が、信じられないほどの怒声を放った。普段怒らない者が本気で怒ると、これほど恐ろしいのか。レイラ、ギエナ、フムアルは何か言おうとしても、言葉が喉に張りついて出てこなかった。
「あっ、あの……そそそ、その……」
「ぐぐぐ、ぎゃ、ごぎゃ……」
「……そ、その……」
「今までどこに行っていたのか、説明しろと言ったっ!!!」
「ひぃぃぃっ!」
「ごごっご、ごごごご……」
「……ブルブル」
寮のエントランスで、レイラたちの身体は勝手に動いた。気づけば三人そろって正座していた。
「し、しかし、……ど、どうして帰る時間がお分かりに……?」
だが、そのレイラの問いは火に油を注ぐだけだった。
「そんなことはどうでも良いっ!愚か者どもがぁぁぁっ!!!」
「ひ、ひぃぃっ!ごめんなさいっ!!」
「アガガガ……、ギャギャガ……」
「ももも、申し訳ございませんっ!!」
結局、彼女たちは数時間にわたって説教を受け、風呂どころか眠る時間まで削られた。
----- * ----- * -----
翌日から三人は、学校を無断で休んでいた罰として十日間の謹慎処分となった。授業はいわゆるリモート学習となり、その様子は魔法によって壁に映し出された。
数日後の昼食時、部屋に運ばれてきたのは、またしても安物のパンと牛乳だった。それを手にしたレイラは、露骨にうんざりした顔をした。
「ギエナァ、またこれだよぉ……」
「う、うむ……。このパンは味気ないんだよね……」
「朝も昼も晩もこのパンと牛乳じゃ辛いよ……。なんだか囚人になった気分」
「退学にならなかっただけ、良かったってことかぁ?」
「そう考えようか……」
二人は空腹に耐えきれず、パンを口にすると牛乳で無理やり流し込んだ。なぜか、その目には大粒の涙が浮かんでいた。
「ギエナァ、涙が出てきた……」
「な、泣くでないぞ、同士……」
「うん……グスッ……。あ、あと何日?ううん、数えないことにする……」
二人はそっと互いを抱きしめ合った。
----- * ----- * -----
その日、授業が終わると二人はやることもなくベッドで寝っ転がった。自然と雑談が始まった。
「ギエナ、イェッドがどうなったか知ってる?」
「熱は下がったけど、体力が落ちて動けないらしいよ」
「あぁ、熱が下がって良かったね。でも動けないなんて心配だね」
「お医者さんにも診てもらってるから大丈夫らしいよ。おっぱい羽女もいるし、グヘヘ……」
「出た、変な笑い……。それにしても何があったんだろう……」
「貧乏だから地面に落ちてる変なもんでも食べたんじゃないかな」
「えぇっ!まさかぁっ!」
「だって、あいつ、食堂で食べ残しとかもらってるんだよ」
「ほ、本当?」
「ホントだよ。笑っちゃうよね」
「そこまでお金がないなんて……。アルバイトしてないのかなぁ」
「仕事したくないとか、ワガママ言ってるからじゃんっ!」
「そ、そうなの?どうしてだろう……」
「知らんっ!ま、食べ残しに残ってた毒でも食べちゃったんじゃまいか?口の中に毒を持ってる魔族もいるよね?」
「ありえるっ!」
「あたしたちを見習って仕事しろって言うんだいっ!」
「でもさ、龍族って最強魔族だからお金持ちなんでしょ?国から送金がないのかな?」
「まぁ、あいつは死んだことに……ウッ!何でもないっ!」
「えっ!?死んだこと?また宇宙的な?」
「あぁ、言ってしまった……。あの宇宙人、死体に宿ってるからね。ゾンビ化が好きらしい」
「ゾ、ゾンビッ!?」
「元の宿主に配慮して、死んだ魔族に宿ったらしい」
「はぁ……、死体に宿ったってこと……?まさか、ポリマーも?」
「いや、あの子は話し合ってるんじゃないかなぁ。地球ではそうしていたし。知らんけど」
「や、宿主さんと話し合い……?頭がおかしくなる……。宇宙的なものは範疇外ってことにする……」
「それがいいかも、あははっ!」
「あ~、校長にも謝らないといけないのになぁ……」
「プリンちゃんは、やっぱりシェラが持っていたんだろうね」
「う~ん、どうだろう……。信じたいけどなぁ……。Zzz……」
そう言うと、レイラは目を閉じた。お腹も空いていたが、そのまま眠ってしまった。




