頼りない手がかり
レイラたちは、三ツ目族の家へ招き入れられた。客間は外から想像していたよりもずっと広く、磨き込まれた大きなテーブルと椅子が整然と並んでいる。絨毯も壁の装飾も上質で、海辺の一軒家とは思えないほど、不自然なまでに豪奢だった。
女性は奥の台所で茶の支度をしており、この場にはいない。レイラとギエナは床にしゃがみ込み、レゴルの相手をしていた。一方でシェラとフムアルは、室内を見回してから、無言のまま顔を見合わせる。
「……しかし」
シェラが低くつぶやくと、フムアルも小さく頷いた。
「言いたいことは分かるよ。こんな海辺の家にしては、あまりに豪華すぎる」
「テーブルや椅子だけじゃない。絨毯も壁飾りも、まるで貴族の館だ」
「漁業って、こんなに儲かるものなのかな」
「さあな。私にはそうは思えん」
やがて茶の支度を終えた三ツ目族の女性が戻ってきたため、レイラたちはそれぞれ椅子に腰を下ろした。
「お待たせしました。たいしたものではありませんが、どうぞ」
「ありがとうございます」
湯気の立つ茶器が卓上に並ぶ。レイラは礼を述べると、レゴルをここまで連れてきた経緯をかいつまんで説明した。
「まあ……お城のあたりまで行っていたなんて……!レゴル、どれだけ心配したと思っているの。ノラ魔族に襲われたら、どうするつもりだったのっ!」
小さな子ども用の椅子に座っていたレゴルは、叱られると頬をふくらませてむくれた。
「ぶにゅぅ……」
女性はレゴルをひと睨みしてから、改めて四人へ向き直り、深々と頭を下げた。
「レゴルを無事に連れ帰ってくださって、本当にありがとうございました。近頃はノラ魔族も少なくなりましたが、それでも襲われることはありますから……」
「い、いえ……。私達もあの場所にいてよかったです」
レイラは小さく答えながら、そっとレゴルを見つめた。
昨夜のあの様子では、自分たちを襲いに来たのだと思っていた。けれど、もしかするとこの子は、ただ誰かと遊びたくて近づいてきただけなのかもしれない。もし自分たちがあの場にいなかったら――そう考えると、偶然でも出会えたことに安堵が込み上げた。
そして、ふとレゴルの額にある第三の目に視線が止まり、レイラはここへ来た本来の目的を思い出した。
「そ、そうだ……。レゴル君とあなたも――、み、三ツ目族なんですよね?」
「あぁ、申し遅れました、私はスハイルと申します。この子はレゴルです。……確かに私達は三ツ目族ですが、どうかなさいましたか?」
「あ、あの……」
レイラは思わず息をのんだ。
本当は「どうして三ツ目族は消えたのか」と聞きたかった。けれど、そんなことを彼女が知っているはずがない――そう思うと、言葉の先が喉に引っかかった。
「お、お城にいた人たちのこと……知りませんか?ここには、たくさんの三ツ目族がいたはずなんです……」
「……っ!ど、どうしてあなたが、そのことを……?」
スハイルの顔色が変わる。驚きに目を見開いたあと、その瞳はみるみる涙に濡れていった。
「わ、私も知りたいのです……。ここに戻ってきた、ほんの数名を除いて……みんな、いなくなってしまいました……」
「い、いなくなった……?」
「キエティ様も、ダビ様も、キナーン様も、フナボシ様も、アスピディも……誰ひとり戻ってこないのです……。どこへ行ってしまったのか、私には分からなくて……っ」
震える声で名を挙げるその姿に、レイラは息を呑んだ。
「あぁっ!あぁっ!」
自分以外にも、三ツ目族の存在を――しかも、あの人たちの名を、はっきり覚えている者がいたのだ。
レイラは思わず身を乗り出した。声が震えている。
「スハイルさんは、キエティを覚えているのですかっ!?」
「え、ええ……もちろんです。この街をお造りになった方ですから……」
その答えを聞いた瞬間、レイラの胸の奥が熱くなった。自分以外にも、キエティのことを覚えている者がいたのだ。
レイラが最後に見たキエティは、暴走していた。三ツ目族の王メリクリスが彼女を止めようとしていたが、その後、サダクとともに三ツ目族全体が暴走し始めた。レイラはサダクを救えないまま意識を失ってしまい、その後この国で何が起きたのかを知らない。だからこそ、目の前のスハイルの存在は、闇の中に差し込んだ細い光のように思えた。
「私以外にも知っている人がいるなんて……。じゃ、じゃあ、サダクはっ!?」
「サダク……?」
スハイルは眉を寄せ、記憶を探るように首を傾げた。その反応だけで、レイラの胸に嫌な予感が走る。
「お、王族の……サ、サダクビア王子です……」
「ご、ごめんなさい……」
「そ、そんな……」
レイラの顔から血の気が引いていく。
「王族でしたら……スウド王子しか存じ上げません……」
「弟のスウドを覚えている……?そ、それなのに何でサダクだけ覚えていないのっ!スウドのお兄ちゃんなんだよっ!!」
レイラの感情は高ぶっていつの間にか立ち上がっていた。フムアルは頭を下げるしかない。
「申し訳ございません……」
キエティを覚えている者が、ここにいる。――それだけでも、レイラにとっては救いだった。
けれど同時に、三ツ目族の記憶が完全に失われたわけではないのに、サダクの存在だけが綺麗に抜け落ちているという事実が、かえって底知れぬ不気味さを際立たせていた。
ギエナは、今にも泣きそうな顔でスハイルに詰め寄るレイラを見て、そっとその腕に触れる。
「レイラァ……、それ以上は駄目だよぉ……」
その声でようやく我に返り、レイラははっと息を呑んだ。
スハイルを責めたいわけではない。ただ、サダクの名だけが誰の記憶からも零れ落ちている現実が、あまりにもつらかったのだ。
「あっ……ご、ごめんなさい……。私、つい……」
スハイルは胸元で手を組み、困惑した表情のまま小さく首を振る。
「いえ……。けれど、スウド様のお兄様……第一王子にあたる方でしたら、私が存じ上げていても何もおかしくないはずなのです……。なのに、どうしても思い出せなくて……」
レイラは唇を噛みしめた。
やはりおかしい。三ツ目族の歴史も、キエティも、スウドも残っているのに、サダクだけが不自然なほど綺麗に欠けている。まるで誰かが意図して、その名だけを世界から削り取ったかのようだった。
結局その後、レイラたちはスハイルと数時間にわたって情報を交換し合うことになった。




