襲撃者?
翌朝、レイラはテントの外の騒がしさに、浅い眠りを引きはがされるようにして目を覚ました。
「外が騒がしいなぁ……ムニュムニュ……。あれ、ギエナは……いない……?」
隣で寝ていたはずのギエナの姿はもうない。まだ寝ぼけたまま、レイラはのろのろと身を起こし、テントの布をかき分けて外へ出た。
「ま、眩しぃっ!」
朝の光が容赦なく差し込み、レイラは思わず目を細める。涙のにじむ目がようやく明るさに慣れてきた頃――彼女は、目の前の光景に息を呑んだ。
「……えっ!!」
眠気は一瞬で吹き飛んだ。
そこには、子どもの魔族がギエナの張った蜘蛛の巣に絡め取られ、必死にもがいていた。
「ウガァァァッ!」
網を引きちぎろうと暴れるその子の横で、ギエナは胸を張り、いかにも得意げな顔をしていた。
「……ギエナ、これって?」
「あ、レイラ。おはよ~っ!全くさ~、気づかないと思ったのかと言いたいよ、あたしは~」
「お、おはよう……」
レイラが目をこすりながら見回すと、シェラとフムアルも、捕らえられた子どもの魔族をじっと見つめていた。
「シェラとフムアルも、おはよう……。それで、この子は?」
本当は二人に尋ねたつもりだったのだが、待ってましたとばかりにギエナが胸を張る。後ろでシェラとフムアルが、わずかにむっとした顔をした。
「エッヘン、すごいじゃろうっ!昨日寝る前に仕掛けておいた罠に見事に引っかかっててさっ、笑っちゃうよね?あたしは戦わずして勝ったっ!ふへへ~っ!」
どうやら、自分が捕まえたのだと一番に言いたかったらしい。
「夜のうちにノラ魔族が襲ってきたの?」
それにはフムアルが肩をすくめて答えた。
「そうだよ、レイラ。……でも、ギエナだけがすごいみたいに言うのは違うかな。最初に気配を見つけたのは、僕の探知魔法なんだからね?」
すると、シェラも負けじと口を開く。
「はっ!そうだぞ、蜘蛛女っ!私の高度な罠魔法でこやつの動きを遅くしたからこそ、この貧弱な蜘蛛糸に掛かったのだ」
「ぬぉ~、バラしおってぇぇっ!というか、貧弱な蜘蛛糸ってなんじゃろか~っ!こんなに動けなくしてるのにぃぃっ!」
ギエナは憤慨していたが、レイラは、自分だけが襲撃に気づけず、みんなの魔法と技術に守られていたのだと思うと、情けなさで肩を落とした。
「わ、私だけ気づかなかったと……、シュン……」
「へへ~ん。まぁ、落ち込むなマガマガ少女よぉ、あたしがいれば問題な~い」
「マガマガ役立たず少女だよぉ……」
「気にするなってぇ~。それよか、見てみなよ、この子……う~ん……もしかしてさ……」
ギエナが妙に含みのある言い方をしたので、レイラは改めて捕らえられたノラ魔族へ目を向けた。すると、その姿に思わず息をのむ。
「こ、この子……まさかっ!み、三ツ目族っ!?」
網にかかっていたのは、紛れもなく三ツ目族の子どもだった。二つの目に加え、眉間には黒い第三の目がはっきりと開いている。その三つの目すべてで、こちらを警戒するように睨みつけていた。
「グルゥゥ……」
三ツ目族の存在を半ば疑っていたシェラも、さすがに驚きを隠せなかった。
「そうなのだ……。三ツ目族が実際にいるとはな」
「ほ、ほらっ!三ツ目族は本当にいたでしょ!?」
「ふ、ふむ……。存在は認めざるを得まい」
フムアルも、困惑したように捕らえられた子どもを見つめる。
「でも、どうして三ツ目族の子どもがここにいるんだろう?本当に一人で僕たちを襲うつもりだったのかな?」
ギエナは首をかしげ、武器も持たないその小さな姿を見下ろした。
「う~ん、襲うって感じじゃないよねぇ?何か盗もうとしたとか?泥棒じゃまいか?」
レイラは、目の前に三ツ目族がいたことに胸を打たれていた。もうどこにもいないのではないか――そんな恐れが、ほんの少しだけほどける。この子の存在は、サダクへ辿り着くための細い手がかりのように思えた。
「ね、ねぇ、君は三ツ目族よね?王様やお城のみんな、街のみんなは?サダクっていう人を知らない?」
「ウガァァァ……」
だが返ってきたのは、言葉にならない唸り声だけだった。子どもは蜘蛛の糸を引きちぎろうと身をよじらせ、三つの目で怯えたようにこちらを睨んでいる。
「私の言ってること、分かる……?お願い、教えて……?」
「ガァァァッ!」
レイラが何度問いかけても、反応は変わらなかった。そこでシェラが腕を組み、冷ややかに言い放つ。
「レイラ、諦めるんだな。所詮はノラ魔族だ。文明を持たぬノラに、まともな会話は期待できん。……しかし、三ツ目族とはこんな有様だったのか?本当に、この城や街を築いたのが彼らだというのか」
「そんなはずないよ……。この城も街も、三ツ目族のものだった。みんな普通に話してたし……」
「だが、現実にはこうして――」
そこまで言いかけて、シェラは口をつぐんだ。サダクの名を追ってここまで来たレイラの前で、その先を口にするべきではないと理性が彼を押しとどめた。
だが、レイラの視線は、朝の澄んだ空気の向こう――はるか西に見える、大きな壁に囲まれた街へと向けられていた。
「ここじゃないっ……!西の街よっ!」
ギエナが首をかしげる。
「西ぃ?あの街に何かあるん?」
「西の街に、みんな監禁されていたのっ!」
「みんなってぇ?」
ギエナにはまだ事情がつかめていないようだったが、シェラはすぐに察した。
「……三ツ目族か」
「うん。城にいた人たちは、西の街に閉じ込められていたの」
レイラの声には焦りが滲んでいた。
けれどシェラは、目の前の三ツ目族の子どもへ一瞬だけ視線を落とし、低く言った。
「だが……この有様だ。西の街も同じとは限らん」
「……うん」
その懸念は、レイラにも分かっていた。
目の前にいるのは、理性を失った三ツ目族の子どもだ。本当に西の街に誰か残っているのか、レイラにももう分からない。
それでも、確かめずにはいられなかった。
そんなレイラを励ますように、ギエナはハルバートを西へ向けて、ぱっと笑った。
「あっちだねっ!ともかく行ってみようじゃまいか。ここで考えてても分からんちんっ!ね、レイラ?」
「うんっ!行ってみたいっ!」
三ツ目族がノラ魔族と化しているという現実を前にしながらも――それでも四人の次の目的地は、西の街に定まった。




