消えてしまった誰か
街の中心地、少し高い丘の上に、数百人は住めるであろう巨大な城がそびえ立っていた。城壁はあったが誰もおらず、やはりここも街と同じような状態だった。むしろ街よりも破壊されているように見えた。
レイラは、その破壊された様子に臆することなく城の中へ入っていった。
「レイラってば待ってぇ~っ!」
ギエナも後を追うが、周りをキョロキョロと見回している。
「……わ~、ここも酷いんじゃまいか~?ボロボロ城だね……。あれ、レイラがもうおらんっ!何処に向かうんだよぉぉ!」
レイラの足取りに迷いはない。声をかけるギエナの言葉さえ耳に入らないのか、彼女はひたすら城の奥へと進んでいった。
シェラとフムアルも顔を見合わせ、二人の後を追う。
やがて四人が到着したのは、王の間よりも上部にあった王族たちの居住区だった。しかし、そこは壁も何もなく、ただ平坦な瓦礫の平原と化していた。かすかに残る壁の痕跡が、家具や服のかけらとともに無残に散乱している。
シェラは足元の瓦礫を踏みしめながら、思わず息を呑んだ。
「なんだここは?城の上部が丸ごとなくなっているのか……?これも何かの襲撃の後か?」
ギエナも四方をきょろきょろと見回し、眉をひそめる。
「ここもボロボロ城だぁ……。というか何があったん?」
フムアルも崩れた石壁や、黒く焦げた床を一つひとつ確かめるように見渡し、小さく首を振った。
「ここは……さっきの街より、さらに酷いね。部屋の形すら分からない……生活してた痕跡も、ほとんど残ってない……」
三人が惨状に言葉を失っていると、レイラが足を止め、かすれた声でぽつりとつぶやいた。
「……サダクが暴走して……こうなったの……」
フムアルが思わず聞き直す。
「えっ?君の言うサダクという人がやったというのかい?暴走というのはどういう……」
「それは……」
レイラは当時の状況を説明した。城と城下町はノラ魔族に襲われたこと。先行して城に向かったサダクを追いかけてこの場に来たとき、既に彼の身体が真っ赤になり周りに強風が吹き荒れていたこと。それをレイラが止めたことも説明した。
だが、そんな常識外れの話を、素直に飲み込める者はいなかった。シェラも例外ではない。
「三ツ目族が暴走すると身体が赤くなり周囲に暴風域にするというのか?聞いたことが無い……」
フムアルも戸惑いを隠せず、視線を彷徨わせるばかりだった。
「サダクという人の暴走も気になるけど、やっぱり、この城と街はノラ魔族に襲撃されたということなんだね……。しかし、誰か住んでいたという形跡がないよね……?」
「それは私も分からないの……。あの時は亡くなってしまった人達が沢山いて……」
レイラはあの惨状を思い出すのが怖くて、俯いたまま足元の瓦礫を見つめていた。ふと、崩れた壁の陰に何かが転がっているのが目に入る。
「あっ!あぁぁっ!」
「う、うお?レイラ、急にどうしたんじゃまいか?」
レイラは弾かれたように駆けだし、半ば崩れかけた壁の向こう側へ回り込む。その背中を追ってギエナたちも慌てて近づいたとき、レイラの目にはすでに大粒の涙が溜まっていた。
冷静なシェラも、その表情を見て思わず息を呑む。しかし、彼の目に映るのは、どう見てもただのガラクタにしか見えないものばかりだった。
「レイラ、これは……?」
そこには、風雨に晒され錆びついた金属のカップ、黒く煤けた石組みの焚き火跡、ちぎれた毛布の切れ端――そんな「痕跡」が寄せ集められたように残っていた。
レイラは震える指先で、そのカップをそっと撫でる。
「ここで……ここで、みんなでキャンプしたの……。サダクと、イェッドと、ポリマーと……」
押し殺していた声が、堰を切ったようにあふれ出す。
「いた……、やっぱりいたじゃない……サダクは……う、うぅぅぅ……」
それは、紛れもなくサダクとの思い出の残骸だった。ゲームのイベントでも、夢でもない――彼がこの世界に確かに存在していた証拠が、目の前に残っている。
レイラはその場に膝をつき、カップを胸に抱きしめるようにして涙をこぼした。
そんな彼女に、フムアルは静かに自分の体験を語り始めた。
「レイラ……、ごめん。今まで黙っていたけど自分も不思議な経験をしているんだ……」
レイラは涙で濡れた目を上げ、驚いたようにフムアルを見た。
「フムアル……?」
「……学校の寮……僕の部屋、最初から二人部屋だったみたいなんだ。なのに、僕以外の住人の気配だけ、きれいに消えてる」
「えっ!まさかっ!」
「寮長に聞いても『そんなはずはない』って首を傾げるだけだった。けど、部屋にはどう見ても僕のじゃない荷物があってさ。誰かが書いたノートや、名前のない教科書も置きっぱなしになってた。気味が悪くて、触れないようにしてたけど……」
「そ、それは……サダクの……」
レイラは前の時間軸を思い出す。あのとき、サダクとフムアルは同じ部屋で暮らしていた。ならば、その「見知らぬ荷物」の持ち主が誰だったのか――答えは一つしかない。
「この街を見て、ようやく結びついたよ。ここも、あの部屋も……同じなんだ」
「……同じ?」
レイラが問い返すと、フムアルは静かに頷いた。
「ある日を境に、"いたはずの誰か"の痕跡だけが残って、本人だけがまるごと消えてる。多分、三ツ目族って魔族そのものが、この世界から突然、消えたんじゃないかな」
常識では考えられない仮説に、シェラが思わず声を荒げる。
「そんな馬鹿なことあるわけが無い……だ、だが……」
言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。
目の前の荒れ果てた城と街並み、残された生活の痕跡、そしてそこに「誰もいない」という事実が、軽々しく否定することを許さなかったからだ。
「……否定はしたい。だが、この状況では強く言い切ることもできん。だが、別の疑問が残る」
シェラはレイラの方へ視線を向ける。
「レイラ、君はどうして"知っている"? 私たちはどうして、ここに"いたはずの者たち"を誰一人として"知らない"?」
「それは……」
レイラは唇を噛みしめるだけで、答えられなかった。
誰も返事ができず、その場に重たい沈黙が落ちる。やがて、夕闇が一段と濃くなってきたのを見て、シェラが小さく息を吐いた。
「……暗くなってきた。これ以上、感傷に浸っていても答えは出まい。今夜はここでキャンプを張ろう」
「……うん。そうだね」
レイラが小さく頷くと、ギエナとフムアルも無言で同意する。
四人は手分けして簡素なテントを張り、持ち寄った保存食を分け合って口に運んだ。
冷たい夜気と、崩れた城の静けさの中で、それぞれが胸の内の「消えてしまった誰か」に思いを馳せながら、静かに夜を迎えた。




