互いの秘密
子供に案内された宿は、やはり以前泊まった宿と同じだった。新鮮さに欠けるその光景に、レイラはボーッとした表情のまま、チェックインの手続きを済ませた。シェラとフムアルは、そんな彼女の様子を不安げに見つめていたが、当の本人はそれに気づかず、沈んだ足取りで部屋へと向かった。
部屋は男女で別れることになり、ギエナとレイラは一つの部屋に通された。以前泊まったときと同じ部屋だったことに、レイラは軽く驚いたが、それも一瞬のことだった。
(あれ、前と同じ部屋か……)
部屋に入ると、レイラはすぐにベッドに身を投げ出し、ぼーっと天井を眺めていた。何もする気力がないのか、それとも考え事に耽っているのか。ぽつぽつと漏れるため息だけが、静寂を破っている。
ギエナはそのため息が気になって仕方がなかった。彼女の勢いと励ましでここまで辿り着いたのに、当の本人がこんな状態では、この先がどうなるのか不安でならない。
「レイラぁ~……」
ギエナは心配そうに声をかけた。
「レイラぁ~、まだボケボケ"ぷ~"か~?」
「え?そ、そう?……あはは。……今度は、"ぷ~"なのね」
ギエナはやはりレイラがボケているように見え、少し確信をついてみた。
「サダクって人が気になるかい?」
「う、うん……。いるかどうか分からないもんね……あはは……」
力のない笑いにこれはダメだぞとギエナなりに思うと自然と励ます言葉が出る。
「"分からない"って君がいったらダメじゃんっ!」
「……っ!そ、そうだよね……へへへ……」
レイラは少し驚いた。まさかギエナに励まされるとは思わなかったからだ。
(もう、忘れているのはあなたたちの方なのに……)
未だにどうしてみんながサダクのことを忘れているのか理解出来ない。何か特別な魔法でも掛かっているのかとも思ったが、違うようだった。
今のところ、「サダクをみんな忘れている世界」で「時間が巻き戻った」ようにしか感じられなかった。しかし、どうしてそうなったのか、レイラ自身にも理解出来ない。
唯一の手掛かりは、サダクの存在を覚えているのが自分だけだという事実。それが何を意味するのか、その答えはまだ見えていなかった。
「サダクちゃんは、きっといるよっ!元気ん満タンになるのだっ!」
「げ、元気ん満タン?変なこと言うなぁ。やっぱり日本人だなぁ……あっ!言っちゃった……、秘密の方が良かった?」
レイラは、特に意識していなかったがギエナの秘密を思わず話してしまった。
「は、はぁ?ニ、ニホンジンって新しめなニンジンのことかなぁ……ヒュ~、ヒュヒュ~」
ギエナは下手くそな口笛を吹き始めた。それが下手すぎてレイラはおかしくて仕方ない。
「下手な口笛吹いてっ!もういいでしょ?誤魔化しても無駄だよ、知ってるんだから」
「あー、えー……、はぁ~、どうして知ってるのか分からんちん……。でも君のことも知ってるぞ、牧 玲羅ちゃん。入院してるよね」
「そっか、私のことも……そうだよね。でも気づいたらここにいたの」
「君も災難じゃまいか~。はぁ~、あたしのことは何処まで知ってるん?」
「何となくだけど……。同じクラスだよね?」
「ぬぅわんとぉ?そこまでぇ?」
「でも、名前は分からないの」
「そっか。あたしの人間名は日高 麻帆ちゃんだよ。えへへっ」
改めて自己紹介しているのが恥ずかしくてギエナは照れ笑いをしている。
ギエナは同じクラスだとどうして分かったのか不思議に思った。
「あれ、よく同じクラスって知ってるね?あたしはいなかったのでは?」
そう言われてレイラはキョトンとした。
「日高さん……、日高さん……、あ、あれ?」
やがて忘れていた事実に気づき、レイラはギエナをマジマジと見つめ、驚きの表情に変わる。
「え、えぇぇっ!?」
「お、おぉ?その反応っ!あたしのことに気づいちゃった?」
レイラは思い出した。
日高麻帆という子は名簿で知っていた。病院からでは顔と名前が一致しないため、名簿を何度も見直し、カメラ越しの生徒達と認識合わせを何度もしていた。
「日高さんは、朝礼で死んだって聞いたけど……」
日高麻帆は亡くなったと聞いた。自分もいつ死ぬか分からなかったが、それよりも早く亡くなった彼女を不憫に思っていた。
だが、目の前に蜘蛛の魔族として立っている存在は、まさにその日高麻帆だと名乗っている。
「だ、だったら、あなたは……どうして?」
同級生の死を悲しむ間もなく、その本人が目の前で笑っている。レイラの頭は混乱し、理解が追いつかない中、ギエナは得意げな顔をしていた。
「ふっ、ふ~んっ!へっへっへ~っ!あたしは見事復活しぃっ!宇宙的な何かでここに来てるのだぁぁぁっ!」
「う、宇宙的な何かって?」
「教えてくれないからよく分からんちん」
生き返ったにも関わらず理由も分からないという彼女にレイラはずっこけた。
「よ、よく分からない?ど、どうして」
「イェッドだよ、イェッドッ!あの貧乏宇宙天使が教えてくれんのだ」
「う、宇宙天使?……イェッドも同じクラスだよね?ポリマーも」
「あのおっぱい羽女の負けヒロインポリマーも教えてくれん」
「な、なんか肩書きが長い……」
「あの二人は宇宙的な使命があるみたいでここにいるのだ。あたしも手伝っているってわけ」
「そ、そうなのね……でも使命って何だろう」
「う~、よく分からないけど、この世界は宇宙的な問題があるらしい」
レイラはちんぷんかんぷんで「宇宙的な何か」で全て誤魔化されているような気がしていた。
「はぁ~……。そ、それなら私も何か宇宙的な問題と関係があるのかな」
「そうみたい。あたしは君を守れって言われてる」
「やっぱ、関係しているのかぁ……」
「うんっ!」
レイラは、色んな事が分かるかと思ったが逆に混乱するだけだった。肝心のイェッドはこの場におらず確認することが出来ない。
「そう言えば、イェッドとポリマーの本当の名前は?」
「イェッドが津名 ほずみ(つな ほずみ)君、ポリマーが大寬 まや(だいかん まや)ちゃん」
「あぁ、津名くんは事故に遭った人だ……。心配していたんだよなぁ。教室に戻ってきた時は良かったな~って思った」
「まぁ、半分ゾンビで中身は宇宙人に変わっちゃってるけどね。まやちゃんはゾンビじゃないけど中身入れ替えパターン」
「は、はぁ、ゾンビとか中身とか……だ、だめだ。追いつけない……」
「二人とも宇宙天使で何かすご~く光るのっ!すごいよ~、イエッドは宇宙天使の時だけ格好いいのっ!シュバって剣をこうピカ~って……」
「ふぇ~……」
ギエナの貧弱な説明と知識不足でレイラは情報が取れきれずモヤモヤしていた。しかし、二人の名前を聞いてレイラはハッとした。
「あっ、でも二人はこの場所にいるんだね」
サダクの存在が消えたように二人も消えてしまったのかと思っていた。だが、ギエナからは二人の名前が自然に出てきたので安心した。
「あの二人はお留守番だよ。イェッドが高熱で寝てるからポリマーが看病しとる。仲が良いよね、グヘヘッ」
「へ、変な笑い声……。って、高熱?大丈夫なの?」
「おっぱい羽女が言うにはしばらく休んだら動けるようになるってさ」
「それなら良かった……。それよりもさっきからポリマーのことを酷い呼び方してっ!怒られるよ?」
「はは~ん、あんなおっぱいに負けるギエナちゃんではないのだっ!あたしは君を守るココウの蜘蛛女戦士なんだっ!」
そう言うとギエナはハルバートを持って決めポーズを取って見せた。
「あははっ!かっこいいナイト様っ!」
「えへへっ。あっ、やっと笑ったねっ!」
「うん、少し元気になったっ!ありがとうっ!」
ギエナの話を聞いて疑問も沸いたが肩の荷が少し軽くなった気がした。自分だけが小説のように転生したわけじゃなかった。自分がここにいる理由も何となく分かった。
(私はこの魔族の国を救うためにいる?ゲームと同じ世界のようだけど、やっぱりゲームじゃない。でも、私は何をすれば良いんだろう?イエッドとポリマーに会ったら聞いてみよう)
しかし、同時にとある疑問も沸いた。
(あれ、あの暴走の時、二人は何処にいたんだろう……。ギエナがお腹を殴られて……。あの時、二人の声が聞こえたような気もする。その後どうしたのかなぁ……)




