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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の六:シェラ編
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我に返る

 シェラの苦悩――、それは自分も同じだとレイラは思い始めている。


(ここは現実なの?ゲームの中なの?)


 一度は「これはリアルだ」と受け入れかけていたこの世界も、サダクの存在がぷつりと消えてしまった今では、何もかもがぐらぐらと揺らいで見える。


(……サダクは、ただの電子データだったの?シェラやフムアルも、みんなゲームの中のキャラデータ?じゃあ、わ、私は何者なの?病院のベッドで寝てるだけの女の子だったはずなのに……。ギエナたちは?)


 ギエナも、イェッドも、ポリマーも――三人とも、「自分たちは日本人だ」と口にしていたことを思い出す。


(あの子たちも、私と同じ"向こう側"の人間……。なのに、どうしてこんな世界にいるの?どうして?どうして?)


 考えれば考えるほど疑問は増えていき、視界の端から色が抜けていくようだった。足元がずぶずぶと沈んでいく、底なし沼に一人きりで落ちていく感覚。


(あの時……シェラが怒って飛び出した、あの教室。サダクは、そこにいた?どうしても思い出せない……。どうして?)


 どれだけ記憶を手繰り寄せても、答えには届かない。頭の中はぐちゃぐちゃに絡まり、自分もシェラと同じように、誰かに都合よく騙されているのではないかという不安だけが膨らんでいく。


(わ、私は……。私は何者……?)


 丁度その時耳元で何者かの声が聞こえる。


「……イラ?レイラ?レイラってばっ!」


「えっ!」


 レイラが我に返ると、困り顔のギエナが目の前で彼女の顔をのぞき込んでいた。


「ギ、ギエナ?ど、どうしたの?」


「どうしたってっ!ぶえ~っ!それはあたしが言いたいっ!あたしの方の主張だっ!まったくぅ、君はボケボケぶ~だなぁ」


 レイラは考え事に集中して周りが何も見えていなかった。ギエナはいくら話しかけても返事がないから怒っているのだ。


 驚いて周りを見渡せば、既にウルサリオン族の街の中へ入っていた。いつのまにかレイラは街の喧騒の中にいた。大通りの両側には商人の街らしくウルサリオンたちが出店を開いており、大きなゴザを敷いては色々な商品を並べていた。彼らは自分の品物を売るために、行き交う魔族たちの気を引こうと大声を上げている。


「……こ、ここはウルサリオンの街?」


「今更か~いっ!な~んか静かだと思ってたら下向いてぼ~っとしちゃってさ~……。大丈夫かよぉ~……。君の友達……彼氏?を探しに来ているんだぞぉっ!」


「……ご、ごめんね」


「だからさ~、レイラちゃんっ!」


「えっ、な、なにが?」


「あの子たち可愛いよねって話をしてるんだよぉ~っ!ぐおんぐおんっ!」


 よく分からない擬音を発しながら、両腕を前後にぶんぶん振るギエナの視線の先では、幼いウルサリオン族がチョコチョコと歩き回っている。カラフルな毛色のその小さな体は、どう見てもクマのぬいぐるみそのものだった。


「ほらほら見てみ~っ!か、可愛いっ!あたしは彼らには勝てない、負けを認めるっ!」


 そのセリフを、レイラは「前にも聞いた」気がした。胸の奥がきゅっと痛む。ギエナにとっては、ここを訪れるのは間違いなく「初めて」のはずなのに――そう思い知らされて、余計に切なくなる。


 レイラがふっと曇った顔をしたのに気づき、ギエナはむぅっと頬をふくらませた。


「レイラは可愛くないん?」


「えっ!?あ、そ、そうね、可愛いね」


「なんだよ、感情がこもっていないなぁ」


 レイラもウルサリオンたちを見て「可愛い」とは思った。だが、以前この街を訪れたときのように胸がきゅんと高鳴ることはなく、どこか冷めた気持ちで眺めていた。


 ――前の時間軸では、彼らは裏で手を回して三ツ目族の城を破壊した。

 ゲームの中でも同じ展開はあったが、そのとき画面に映っていたのは、壊れた風に描かれたドット絵の城と街だけだった。

 けれど実際に、この世界で本物の城と城下町が瓦礫と化していく様や、飛び散る血の色を目の当たりにしてしまった今となっては、どうしても素直に「可愛い」とだけは思えなかった。


(こんな可愛い顔をしているのに……)


 そんなことを考えているうちに、レイラはまた表情を曇らせていた。ふと気づくと、いつの間にか彼女たちの目の前に、小さなウルサリオン族の子どもが、もじもじと恥ずかしそうに立っている。


「え~っと……、み、みなさま、宿は決まってますか?」


 その子を見た瞬間、レイラは息を呑んだ。――以前、この街を訪れたときにも会った子どもだったからだ。


「あっ、あなた……!宿の子よね?」


「えっ?そ、そうですけど……。お客様とは……その、前にもお会いしてましたか?ごめんなさい、覚えてなくて……」


「え、あ、あぁっ……ううん、こっちこそごめんね。ただの勧誘かなって思っただけだからっ」


 レイラは慌てて取り繕った。

 けれど――前の時間軸では、まさにこの子が同じように宿の勧誘に来たのを、はっきりと覚えている。胸の奥がざわついた。


「へんなレイラだなぁ。知り合いかと思いきや、かわよいウルサリ幼女にメロメロなだけなのかぁ?」


「あ、あはは……。そ、それより今日はもう遅いし、この子の宿で一泊していこうか」


「おぉ?さんせ~いっ!うほほっ!」


 ギエナは目を輝かせると、そのまま子どもウルサリオンをひょいっと抱き上げてしまった。宿の子も喜んだ瞬間だったので目を白黒させている。


「え、えっ、えぇぇ~っ!?お、お客様っ!?あ、あの私たちの宿の泊まっていただけるのはありがたいのですが、こ、これはちょっと……」


 レイラは苦笑しながら、後ろの二人にも振り返る。


「シェラとフムアルも、それでいい?」


「ふん、やれやれ……。まぁ、レイラがそう言うなら構わんさ。なぁ、フムアル」


「うん。目的地までは、まだ距離もあるしね」


 ギエナは抱きかかえた子どもをくるりと前向きにし、勢いよく宣言した。


「んじゃぁ、行こう~っ!案内よろしくぅ!」


「は、はい……、ご案内させていただきます。お、降ろしては……く、くれませんよね……」


 完全にあきらめた様子で、子どもはギエナに抱えられたまま、小さな指で宿の方角を差し示す。


「ひゃ、ひゃあっ!?お、お腹くすぐったいですぅぅっ!」


「きゃ、きゃわいいぃぃ~~っ!」


 お腹をぎゅっと抱きしめられて笑い声を上げるカラフルなクマの子どもと、その頬にすりすりと顔をこすりつける蜘蛛女――そんな奇妙で賑やかな先頭で、レイラたちは宿へと向かっていった。


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