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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の六:シェラ編:三ツ目族の消失
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シェラ・タン・スエリア④:その場所で

「……やっぱりここにいた」


 授業が終われば、彼が必ずここへ来ることをレイラは知っていた。本好きのシェラが落ち着ける場所なんて、広い校舎のなかでも図書室くらいだけだった。


「シェラ?」


 彼のお気に入りの、本棚と本棚のあいだ。窓際の小さな椅子に、やはりシェラは座っていた。差し込む光がエルフ族特有の白銀色の長い髪をやわらかく照らし、いっそう美しく輝かせている――けれど、その肩に宿るぴりぴりとした空気から、遠目にも苛立っているのが分かり、レイラは少し残念な気持ちになる。


 シェラは顔だけは向けず、視線だけをちらりとレイラへよこすと、いつもの悪しき呼び名で彼女を呼んだ。


「……ふん。禍族か。わざわざ笑いに来たのか?」


「またっ!すぐにそういう皮肉を言うんだからっ!」


 来るなというそのつもりで吐いた棘のある言葉だった。今の自分の、みっともない動揺を見られたくなかった。だがシェラのそんな目論みなど、彼の勝手を知り尽くしているレイラにはとうにお見通しで、呆れたように眉をひそめるだけだった。


 レイラはそれ以上何も言い返さず、黙ってシェラの向かいの席に腰を下ろすと、あえて授業とは関係のない話題を口にした。


「ふ~、走ってきたから疲れちゃった……。ここ、いつ来ても静かで落ち着くね。私も、この場所好きだよ」


 シェラはしばらく黙り込んでいたが、やがて観念したように小さく息を吐き、ぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。


「……国で教えられてきたことと、全部違った。全部が逆だったんだ」


「……うん」


「あいつら――緑目エルフ族との差が、どうしてあそこまで開いているのか分からなかった。でも理由が分かってしまった。我が国が、徹底的な貧困国だという現実にな」


「歴史の授業で……だよね」


 声色こそ落ち着いているものの、一言一言に噛み殺した怒りがにじんでいた。レイラはそれを感じ取りながらも、ただ静かに頷くことしかできなかった。


「赤目はいずれ緑目を統一する?赤目だけがエルフ族を支配できる?下賎な緑目だから商売を始めた?」


「シェ、シェラ……?」


 レイラは、シェラの声が徐々に怒りで震えているの分かったが、どうすることもできない。


「ふざけるなっ!」


「……っ!」


 思いのほか大きな怒号が、がらんとした図書室に響き渡る。授業中で誰もいないはずの空間に、その声だけが鋭く反響し、レイラは思わず肩をすくめた。


「我が国は――最貧国なんだぞっ!勝てるはずがない……っ!赤目は、もうとっくに負けていたんだ……!!」


 友達の口からこぼれた、憎しみと絶望のまじった叫びに、レイラの背筋はひやりと冷たくなった。どう声をかければいいのか分からず、ただ小さく身をすくめることしかできなかった。


「あの島に閉じこもったからだっ!だから国は何年経っても発展しなかったんだ……!みんな、そんなこと何も知らないんだ!……いや、本当にそうか?校長も、教頭も、アディル先生も……みんな知っていて、なおかつ私をここに送り込んだのか?最初から真実なんて教える気もなく、私を騙していたのか……?」


「ち、違うよ、きっと……」


「クソッ! じゃあ私は何のためにここへ来たんだっ!!」


 胸の奥で、大切にしてきた記憶がばらばらに砕けていく。

 卒業式で浴びた祝福の言葉も、誇らしげに差し出された推薦状も、「特務学生」という響きさえも――今のシェラには、自分を縛りつける欺瞞にしか思えなかった。


 祖国で自分を送り出してくれた教師たちも、同じ学舎で机を並べた仲間たちも、遠く離れた家族や友人でさえも、みんながぐちゃぐちゃに混ざり合い、「嘘つき」という一言に塗りつぶされていく。


(誰を信じればいい……?いったい、何を信じればいいんだ……)


 戸惑いと迷いと怒りが渦を巻き、立っていることすらやっとだった。そんなシェラの横顔を、レイラはただじっと見つめていた。


「シェラ、先生たちが君を騙そうとしたとは……私には思えないよ……」


 シェラの怒りは、もはや抑えきれなくなっていた。


「禍族のくせに、私の何が分かるというんだっ!!」


 口にした瞬間、自分でも言ってはならない一言だと分かった。だが吐き出してしまった言葉は戻らない。シェラは自己嫌悪に顔をゆがめ、レイラの顔をまともに見ていられなくなった。


 それでもレイラは、ふっと微笑んで、ぽつりとつぶやいた。


「私は……シェラに会えて、嬉しかったよ?」


 その言葉に、シェラはハッとしてレイラを見つめた。

 レイラの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。自分を励まそうとして追いかけてきてくれた友達に、なんて言葉を投げつけてしまったのか――胸がきしんだ。


 レイラはそっと身を乗り出し、机の上に置かれていたシェラの手を、両手で包み込む。


「そんなに自分を責めないで。シェラは、ちゃんと物事を考えられる人でしょ?現実を受け入れられたら、自分の国を助ける方法だって、きっと見つけられる……そうでしょ?」


「……レ、レイラ」


 レイラの手は温かく、そのぬくもりと声色から、まっすぐな優しさがシェラに伝わった。

 自分に会えて良かった――そう言ってくれた。その一言は、崩れかけていた彼を支えるには十分だった。彼女は噂にあるような「災いを呼ぶ禍族」ではなく、自分の痛みを知ろうとしてくれる、一人の優しい少女だった。真剣で、不器用なほどまっすぐな眼差しが、今のシェラをそっと包み込んでいた。


 しかし、シェラの気持ちは、まだとても整理がついているとは言えなかった。


「い、今は……ひとりにしてくれ……」


「……うん、分かった」


 レイラはそっと手を離し、椅子から立ち上がる。出口へ歩き出そうとしたとき、背後から小さな声が飛んできた。


「……ありがとう、レイラ」


「うん……」


 振り向かなかった。今度はその声が涙で震えているのが分かっていたし、シェラのプライドが、そんな顔を見られることをきっと許さないと知っていたからだ。


「……早く教室に戻るんだぞ」


 分かった、というシェラの返事が聞こえたような気がした。


 教室へ向かう廊下を歩きながら、さっきのシェラの表情が頭から離れない。


(シェラにとって、どうしても受け入れられない事実……)


 レイラは図書室へ来る前から胸の奥に引っかかっていた疑問が、ますます濃くなる。


(赤目と緑目……?そんな設定、ゲームにはなかった……。あのゲームの中のエルフ族は、みんな赤い目をしていたはず……。緑色の目をしたエルフなんて、一人もいなかったのに……)


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