シェラ・タン・スエリア②:誇り
シェラは、魔導学校に来る前まで、自国の学舎で将来を嘱望されるエリートとして育てられていた。
そこで彼が叩き込まれたのは、事実とは正反対の「歴史」だった。
授業では、あたかも緑目エルフ族こそが赤目エルフ族の男神を排斥し、卑怯な策を弄して赤目エルフ族を大陸から追い出したのだと教え込まれた。
さらに、「商業などにうつつを抜かす愚かな緑目が、誇り高き赤目に敵うはずがない」と、教師も教本も繰り返し彼らを嘲笑していた。
卒業式の数日前、シェラは校長室に呼び出された。
胸の奥がきゅっと強張るのを感じながら、重厚な扉をコツコツとノックする。中から「入りなさい」という落ち着いた声が返り、彼は姿勢を正して取っ手に手をかけた。
「し、失礼します」
扉を開けると、書棚と古びた地図に囲まれた校長室の中央で、校長ミラクが穏やかな笑みを浮かべていた。その傍らには教頭アルマク、そして担任のアディルが並んで座っている。
シェラは勧められるまま、エルフ族特有の蔦模様が彫り込まれた、深い緑色の豪奢なソファに腰を下ろした。ふわりと沈み込む感触に、余計に落ち着かなくなる。
三人の教師もそれぞれの席に腰かけるが、何の用件なのか告げられないままの沈黙が、シェラの戸惑いをいっそう強くした。
「えっと、これは……」
最初に口を開いたのは、これまで陰ながら彼を支えてきた女教師アディルだった。
「シェラくん、おめでとうっ!」
赤い瞳に、よく手入れされた長い金髪。エルフ族らしいしなやかな長い腕を大きく動かして、ぱちぱちと拍手を送ってくる。スーツのタイトスカートから伸びた長い脚も弾むように揺れ、思わずシェラは視線のやり場に困って目をそらした。
しかし、その言葉の意味を考えて、はっと我に返る。
「えっ?おめでとうと言いましたか?卒業の話ですか、アディル先生?」
「もちろん卒業もよ。でも、それだけじゃないわ。もっとすごいこと!君が"特務学生"に選ばれたのっ!」
いつもは物静かなアディルが、子どものように弾んだ声ではしゃいでいる。そのはしゃぎぶりが、シェラにはひどく新鮮で、印象に残った。
「と、特務学生……?」
言葉の響きからして、ただの栄誉職ではなく特別な任務なのだと分かる。しかし、肝心の内容はまだ告げられていない。
シェラの疑問を察したように、教頭のアルマクが穏やかに口を開いた。彼は長命なエルフとしては中年にあたり、短い髭と横長の眼鏡が落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「そうなのだ。君には卒業後、ポラリスの魔導学校に入学してもらう。そして、そこで緑目どもの様子を探ってきてほしい」
「えっ……魔導学校に、ですか?」
続いて、校長のミラクが恰幅の良い体を揺らしながら、にこにこと笑みを浮かべて言葉を継いだ。彼もアルマクと同じく中年の男だが、その堂々とした体つきは、いかにも一国の学び舎を束ねる者にふさわしかった。
「そう、魔導学校だ。政府から"優秀な学生を選び出してほしい"との打診があってな。成績優秀で、なおかつ赤目エルフ族の信念を深く理解している――その条件を満たしていたのが、ほかならぬ君だったのだよ」
「は、はぁっ!」
シェラは校長からの言葉を聞いた瞬間、それが自分にとってどれほどの名誉かを悟り、全身が震えた。胸の奥から熱いものがこみ上げ、気づけば椅子を蹴るようにして立ち上がっていた。
「誇り高き赤目エルフ族として、魔導学校に入学する栄誉を賜り……至極光栄ですっ!この身に課された任務、必ずや全うしてみせます!!」
その必死な声に、シェラを推薦したアディルも目元を押さえ、ぽろりと涙をこぼす。ミラクとアルマクも満足げに何度も頷き、若き赤目エルフの決意を讃えていた。
やがて行われた卒業式。およそ五十名の卒業生のなかで、特務学生に選ばれたのはシェラただ一人だった。壇上に立った彼は、大勢の視線を真正面から受け止め、赤目エルフ族の誇りを守り抜くことを力強く宣言した。
そうしてシェラは、祖国の期待と重い使命を一身に背負い、たった一人でポラリスへと旅立った。――その先に待つ現実を、まだ何も知らぬままに。
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入学してまもなく、シェラは同じ学年に何人かの緑目エルフ族がいることに気づいた。講義が終われば中庭で騒ぎ、夜は酒場まがいの食堂で笑い合っている。
(ふん……勉学もせず浮かれ騒ぐとは、なんて愚かな連中だ。こんな怠惰な緑目どもが、誇り高き赤目に敵うはずがない)
そう鼻で笑っていた彼だったが、やがて妙な違和感を覚え始める。
赤目エルフ族は自分ひとりしかいないのに、緑目エルフ族は十名近く在籍している。そのどれもが上等な布地の服を着こなし、指には装飾の施された指輪。食堂で頼む料理も、肉に魚に果物と、いつも豪華だった。
(お坊ちゃんどもが国を代表しているつもりか……。役立たずのくせに、贅沢だけは一人前だ)
対してシェラは、祖国から支給された上着と替えの少ない制服が全てだった。毎月送られてくる生活費もわずかで、贅沢など夢のまた夢。学用品と最低限の食事をやりくりすれば消えてしまう額である。
(ふん……金など、これくらいで丁度よい。学生の本分は勉学、贅沢に浸るなど堕落の証だ)
そう自分に言い聞かせていたが、さらに彼を戸惑わせたのは、緑目エルフ族の成績だった。
遊んでばかりに見えた彼らは、意外にも試験ではそこそこの結果を出しており、中でもメサルチムという緑目は、筆記も実技も毎回上位五位以内をキープしていた。
筆記試験の首位はいつもシェラで、その次点にはレイラが入ることが多かった(なお、レイラは実技においては毎回ほぼ最下位である)。
だが一度だけ、二位の座をメサルチムに奪われた回があった。そのとき、
(ば、馬鹿な……!あれほど遊び呆けている緑目が、私のすぐ下の順位だと?)
シェラは、自分が当然だと信じて疑わなかった「赤目こそが常に上に立つ」という前提が、わずかに軋む音を立てたのを確かに感じていた。
2026/02/11 タイトルだけ変更




