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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド弐の六:シェラ編:三ツ目族の消失
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シェラ・タン・スエリア①:戸惑い

 授業の内容に腹を立てたシェラは、ネッカルを睨みつけていた。

 いつもは皮肉を飛ばしつつも冷静さを失わない彼が、感情をあらわにしている。その豹変ぶりに、レイラはどうしていいか分からず目を見張るしかなかった。

 教室に張りつめた沈黙のなか、ネッカルはゆっくりとシェラの方へ体を向けると、穏やかな声で口を開いた。


「祖国と自分の種族に誇りを持つこと自体は悪いことではない。私のようなミノタウロス族は、辺境の、小さな谷間でひっそりと暮らしている。……この図体でな」


 自分の大きすぎる体を両手で示してみせると、教室のあちこちから、緊張をほぐすような小さな笑いがこぼれた。


「だがな、狭い土地から出たくて、私はひたすら勉学に励んだ。歴史を学び、他所の国を歩き、自分たちの立ち位置を知ろうとした。そうしてようやく、今こうして教壇に立っている」


 ネッカルは自分の胸に手を当て、ひと呼吸おいてから続ける。


「誇りは大切だ。だが、その誇りを守るために歴史をねじ曲げ始めたとき、物語はもう"歴史"ではなくなる。事実を見ようとしなかった国々が、どれほど多くの魔族を戦に駆り立て、やがて自分たち自身も焼き尽くしてきたか……私は、嫌というほど学んだのだ」


 静まり返った教室に、ネッカルの低い声だけが落ちていく。


「……君は……」


 ネッカルは宙に浮かぶ名簿に視線を落とし、名前を探しあてる前に、シェラの方が名乗った。


「シェラです。シェラ・タン・スエリアと言います」


「そうか、シェラくん……」


 巨体のミノタウロスは、静かにうなずくと、教室全体に聞かせるように、しかしどこかシェラだけに向けるような声で続けた。


「すまないが、私は嘘の歴史を教えるわけにはいかない。ねじ曲げられた歴史は、あとに続く者たちの物の見方そのものを狂わせてしまう。自分たちの魔族こそ最も優れている、世界を支配する権利がある――そう思い込んで、都合のいい物語を"史実"と称した者たちは、これまでいくらでもいた」


 ネッカルは板に映し出された地図へと指を向ける。


「だが、そのたびに争いが起こり、殺し合いが起こり、数え切れないほどの魔族が命を落とした。長く大陸を征服し続けた種族など、歴史上ひとつとして存在しない」


「……」


 シェラは反論の言葉を探そうとして、何ひとつ口にできないまま立ち尽くしていた。ネッカルは責めるでもなく、淡々と、しかし重く言葉を継ぐ。


「過激な信条で他の部族を見下し、踏みにじれば、最後には自分たち自身もまた滅びの道をたどる。そんな愚かな歴史が、嫌になるほど繰り返されてきた。――だからこそ、ここポラリスのような中立地域が作られたのだ。互いに干渉しすぎず、それでも学び合い、少しでも協調の可能性を探るためにな」


 ネッカルは教室をぐるりと見回し、最後にもう一度シェラをまっすぐ見据える。


「君はいま、そのポラリスで学んでいる。その意味が、君には分かるだろうか?」


 教室に、重い沈黙が落ちた。


 シェラは立ち上がったまま、拳をきつく握りしめていた。自分の中で築き上げてきた「正しさ」が、音を立てて崩れていく――その現実を、頭では理解しながらも、心がどうしても受け入れようとしない。


(……うそだ……こんなはずが……)


 横目に、緑目エルフ族の生徒がこちらをうかがい、口の端をわずかに吊り上げているのが見えた。その視線が、彼の誇りを針で刺すように疼かせる。


「し、しかし……! こんな歴史……認められるかっ……くっ!!」


 こみ上げる悔しさを押さえきれず、シェラは机を拳で叩きつけた。

 鈍い音が階段教室に響き渡り、宙に浮かぶ板に映された文字が揺らぐ。誰も声をかけない。ネッカルも、ただ静かに彼を見つめているだけだった。


 シェラはその視線から逃げるように顔をそむけると、教室の出口へと早足で向かった。足音が段を駆け下り、扉が荒々しく開いて閉まる音が、やけに大きく響いた。


「シェラ……」


 レイラには、去っていく彼の背中が焼き付いて離れなかった。

 信じてきたものを根こそぎ否定される痛みが、どれほどのものか、この時の彼女はわかり得なかった。


2026/02/11 タイトルだけ変更


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