赤目エルフ族
そんな歴史の授業の最中、話題が「赤目エルフ族」に移ったときだった。
静かだった教室の空気を切り裂くように、シェラの声が響き渡った。
「そんな馬鹿なっ!!あ、赤目エルフ族が緑目に負けて今の島に住んでいるというのかっ!!わ、我々が最貧国だとっ!?ふざけるなっ!!」
どよめきが広がる中、教師のネッカルはゆっくりと巨体の向きを変え、シェラを正面から見据えた。
その表情はあくまで冷静で、怒りの色はなく、ただ薄く眉をひそめると、眼鏡を指で押し上げてシェラの姿を確かめた。
「君は……そうか、赤目エルフ族か」
「そ、そうだ……。ネッカル先生、今話したことを訂正して頂きたい」
「訂正とは?事実を曲げろということかね」
「じ、事実……?あ、あり得ないっ!!全て嘘だっ!」
「ふむ……。どうやら、君たちの国では、ずいぶん歪められた歴史を教えているようだな」
「そ、そんなことは……」
ネッカルの授業はこんな内容だった。
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エルフ族の歴史――
エルフ族は、大陸西側一帯を覆う巨大な森を拠点としてきた。総じて魔力に優れた魔族であり、その中でも瞳の色によって大きく赤目エルフ族と緑目エルフ族の二つに分けられる。もっとも、赤い瞳か緑の瞳かという違い自体には、素質としては大きな差はない。ただ、長い歴史の中で役割分担が進み、赤目は攻撃魔法や結界術といった「術」を、緑目は弓を中心とした「武」を得意とするようになっていった。
プライドの高い種族ゆえ、互いを皮肉って「赤目」「緑目」と呼び合うことはあったが、それはあくまで軽口の域を出ないものだった。少なくとも、かつては――互いの力を認め合い、ときに競い合いながらも、同じ森を分かち合って暮らしていたのである。
しかし、赤目エルフ族から新たな族長「アルフェラッツ」が選出されてから、状況は少しずつ歪み始めた。
彼はまず、政治の要職を赤目エルフ族に事実上限定し、権力の中枢を固めると、公然と赤目を優遇する政策を打ち出した。
具体的には、次のような制度である。
・赤目エルフは他より優れたエルフであると宣言し、すべての出生届に「瞳の色」の記載を義務づける
・赤い瞳で生まれた子は自動的に「特権階級」として登録し、その者たちからのみ、貴族・官僚・軍の上層部を選出する
とどめとなったのは、赤目エルフ族が古くから信仰してきた「赤目エルフの女神」のみを国教と定めたことだった。
それに伴い、緑目エルフ族が信じる「緑目エルフ族の男神」を祀る神殿は次々と破壊され、その跡地には「赤目エルフの女神」の神殿が建てられていったのである。
緑目エルフ族の鬱積した不満はついに限界へと達し、その長「ハマル」が立ち上がって不満分子を束ね始めた。
やがてハマルはクーデターを決行し、アルフェラッツ率いる赤目エルフ族を打ち破ることに成功する。敗れた赤目エルフ族は西側地域の大森林を追われ、南東の孤島へと追いやられた。
以後しばらくのあいだ、両者は互いの出方をうかがいながら睨み合い、いつ侵略が再開されるとも知れぬ不穏な均衡状態が続いた。
やがて緑目エルフ族の長ハマルは、森と弓だけに頼った旧来のやり方では、いずれ再び赤目の魔法攻撃に呑み込まれると悟った。そこで彼は、エルフだけの世界に閉じこもるのをやめ、他種族との本格的な交流に踏み切る。最初の相手に選ばれたのが、北部に居を構え、商いに長けたウルサリオン族である。
緑目エルフ族は彼らとの交易のため、西側の大森林でしか採れない果実や香草、木の実、薬効のある野菜などを商品とした。また、美に敏感な彼らが鍛え上げる弓は機能美に優れ、やがては武器であると同時に精緻な工芸品として高値で取引されるようになる。代わりにウルサリオン族からは新たな食料や金属武具、さらには遠い土地で書かれた本までもがもたらされ、緑目エルフ族の国は、物質のみならず文化的にも急速に豊かになっていった。
一方、赤目エルフ族はといえば、島だけにしかない資源で生活を賄い続けるほかなかった。外との交易を「誇りに反する」と退けた結果、彼らの社会は次第に、自給自足だけを頼みとする閉鎖的な文化へと押し込められていった。
最終的に、二つのエルフ族の拮抗は「経済力」という目に見えない力によって、静かに、しかし決定的に崩れていった。
現在では、赤目エルフ族のうち貧しい者たちは、生活の苦しさに耐えかねて緑目エルフ族の国へと逃れたり、出稼ぎに向かうようになっている。
赤目エルフ族の島にも大きな森こそあったが、その広さには限界があった。周囲はすべてゼリー状の海に囲まれており、漁をすることは彼らのプライドが許さなかったし、そもそも一歩でも踏み込めば死と隣り合わせだった。
限られた資源は人口の増加を抑え込み、貧困層は細る生活を支えるため、プライドを飲み込んででも島の外で働くしかなかった。
それにもかかわらず、赤目エルフ族の王アルフェラッツとその側近たちは、彼らを「誇りを捨てた愚か者」と罵り、現実から目を背け続けたのである。




