その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!60
「どうあっても浮雲を文化祭実行委員から降ろそうっていうのか」
「そうだ。現状それが最善で確実であるのは間違いない」
「カウンセリングが終わった人は恥ずかしさを取り戻してる。妄想に浸っていた期間は短期間だけれど、将来思い出したら確かに恥ずかしいだろう。けど、文化祭の熱に浮かされたって程度でいい思い出だったと思えるはずだ!」
「これからまた深みにはまるかもしれないだろう」
それは日ノ下が気を付けてどうにかする、と言いたかったが雨音は聞かないだろう。具体案が出せるわけではないのだ。意見として弱い。別の方向からアプローチをかけてみる。
「浮雲が雨音さんのところに行っただろ。浮雲は熱心に勉強してたよな。あれを見て心を動かされなかったのか?」
「動かされないわけがないだろう。感心したよ。応援したいよ。だがな、それは私情だ」
やはりこの人は強いな――と日ノ下は思った。
曲がらない。生徒会長として多数がよりいい方向へ、よりいい結果が残せる方へ向かう。だから大多数の支持を得て、過去最高の生徒会長なのだ。
「なぁ、浮雲が作った物を見てみないか?」
「いいだろう。私も興味がある」
雨音を支える大理石の信念を捻じ曲げる。今回は浮雲を文化祭実行委員に戻すために曲がってもらわなければならない。
天津として日ノ下と接していた雨音が――彼女の本性ならそこに訴えかける。
セッティングをするために日ノ下は一度教室へ戻る。教室のドアを潜るとクラスメイトの視線が集まった。野次馬の対象になってしまったようだ。
「みんな! 聞いてくれ! 生徒会長が僕達のクラスの出し物を見たがってる! 予行練習がてらやってみよう!」
急なことでクラスメイトはざわついた。けれど、幸い人ができたやつらばかりで反対する者はいない。
お菓子作りの練習をしていたのも運が良かった。教室の飾りも、机の準備もある程度はできているから、客を一人接待するだけなら問題ない。
準備を整えて雨音を教室に呼ぶ。クラスメイト達が固唾を飲んで入場した雨音を見守る。教室の真ん中にテーブルとイスが置いてある。教室で使われる机を合体させたテーブルにはかわいらしい花柄のテーブルクロスがかかっており、イスには犬の顔の形をしたクッションが置いてある。
後ろに下げた机の前に役割のないクラスメイトがずらりと並ぶ。本来はそろい揃って客に視線を向けるなんてNGなのだが、今回は特別だ。
さすが生徒会長で、一クラス分の視線にまったく臆することなく席に着いた。
「い、いらっしゃいませ。生徒会長様に来ていただいて光栄の至りです。メニューはまだございませんので、こちらで軽食は用意させていただきます」
そう申し出たのは卯月だった。おずおずと話すのはもちろん演技だ。前と違って恥ずかしさが見え隠れしている。卯月は荷渡から借りたふりふりのメイド服と兎耳を装着している。荷渡のサイズだったら絶対に卯月には合わないのだが、彼女は様々なサイズと男女問わず衣装を収集していた。荷渡だけでなく、歴代のBHEの人間が変装用に集めていたのだという。
卯月は浮雲のキャラクターになりきり、接客をやりきった。彼女に接客させたのは日ノ下の判断だ。両親の手伝いで喫茶店のノウハウを知っているし、荷渡のカウンセリングを受け終えた人達の中で一番演技が上手い。
生徒会長は出されたクッキーと紅茶を優雅に食し終えると一息つく。卯月は演技でもなんでもなく、緊張にそわそわしている。
「なるほどなるほど、確かに素晴らしいな。入れ込んでいた時期があるおかげで本質を掴んでる。演技を通り越して本当にメイドに奉仕されている気分になったぞ」
卯月の接客は素晴らしかった。それは確かだ。
「コスプレ喫茶として完成しているな。文化祭のレベルを遥かに超えている」
たんたんと賛辞を述べる雨音。
生徒会長の本性を引き出すには至らない。
「だが――」
「待ってくれ。まだ終わっちゃいないぜ」
生徒会長の言葉を日ノ下が切ったと同時に教室の扉が開いた。クラスメイトの男子から「おぉ!」と声が上がる。
「んなっ!?」と、一番驚いたのは雨音だった。
扉の先にいたのは――荷渡だ。
今日は髪に寝ぐせがないし、目の下のクマもない休日モードの荷渡は素の状態でもかわいい。
ふりふりのカチューシャとゴシックロリータを身に纏っている。その姿は反則的な可愛さで極端な趣味嗜好を持っている男子以外は撃沈できる。
荷渡は片手にトレイを持ち、その上にはティーポットとクッキーのお代わりが乗っている。
「さて、生徒会長。これは交渉だ。荷渡に紅茶を注いでもらいたければ、検閲をやめて僕と浮雲にチャンスをくれ」
「き、貴様ぁああああああああ!!!!」
「今ならクッキーをあーんさせるサービスも付いてるぞ」
「ぐっっっ!!!!」
日ノ下は準備の段階で荷渡に頭を下げてこの役を頼んでいた。雨音を落とすならば彼女の手を借りなければ難しい。
「どうだ? 今日の荷渡は見ての通り休日モードだ。しかもコスプレまでしている。この荷渡に紅茶を注いであーんをしてもらえる機会なんて一生訪れないぞ」
「汚いぞ! 正義の味方ごっこをしてたやつのやり口か!」
「知るか。僕はただの浮雲の味方だ」
ぐぐ、と雨音が唇を噛む。頬を上気させ荷渡と空のティーカップの間で視線を行き来させる。
もうひと押しだ。
荷渡に目で合図する。彼女はコンマ一秒ニマリと笑ったがすぐに取り繕い、「生徒会長……ボクの紅茶……飲んで?」と小首を傾げながら言葉を放った。
媚び。ごくごく平凡でありきたりだが――生徒会長でなくともこれは落ちる。日ノ下もクラスの男子と同じく釘付けになってしまった。
生徒会長はというと。
「あがががががぎぎぎぎぐげごごごごごごごごくぁせこるぉるぉるぉるぉるぉぶるぅるるるるるるるるるるぅううううううううサドルのにおいを嗅いだりなめたりするのに欲しかった背的欲求がブレーキをかける力を上回った15才とおいう年齢のプレミア間にテンションが上がってしまった中学生だ我ながらやばい扉開けちゃうかななななななななな……」
喉をかきむしる勢いで悶えていた。生徒会長としての理性とロリコンとしての本能が激しくぶつかり合っている。その姿に威厳もへったくれもない。彼女の本性を知らないクラスメイトは目を白黒させているが、日ノ下の知ったことではない。
やがて会長は沈黙し――。
「――です」
「ん? なんだ?」
「欲しいです!! 荷渡さんに紅茶を注いでほしいですッッ!!」
「それは、僕達にチャンスをくれるってことでいいんだよな」
「一つだけ条件付けますが、いいですよ!!!! それより早くお願いします!!!!」
敬語モードの生徒会長にクラスメイトがざわめく。
「二人の間で一体何が!?」「生徒会長を従えたのか?」「もしかして浮雲が来ないのと関係があるのでは――」「荷渡のファンになるぜ!」
交渉成立。条件が少々気になるが、クラスメイトの前では話せない。ここまできて妙な条件は出さないだろう。
日ノ下と荷渡は頷き合い、雨音に紅茶とクッキーのおかわりを提供する。彼女は天国に上るかのような表情で紅茶をすすった。
「荷渡さん! 約束通り食べさせてください!」
「仕方ないなぁ。はい、あーん」
飼育員に餌付けされるアシカのようだったが、それは見ている日ノ下まで幸せな気分になるような絵図だった。




