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その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!58

 あの日の日ノ下の行動が愚かであっても間違っていなかった証明がここにある。そう思えた。

 救われたな。僕は。

 よりにもよって、荷渡の言葉と微笑みに。

 結局、人が状況を打破するにはその人自身が立ち向かわなければいけない。その事実に打ちのめされた日ノ下だったが、背中を押せたならば、よかったのかもしれない。あの日、荷渡は家に帰って両親に自分の胸の内を晒したのだ。そしてその結果、今ここに彼女はいる。

 もうしばらくこの笑顔を見ていたかったけれど、荷渡はすぐに下を向いてしまった。

「ほら、ボクの用事は終わったよ」

 ぶっきらぼうに荷渡は言った。

「荷渡、僕も一つ言っておかないといけないんだ。すまん」

「え?」

「あの日、僕は最初荷渡を無視してしまった。悪気があったわけじゃあないんだ」

 耳が悪いことも、荷渡になら打ち明けてもいい。いや、打ち明けるべきだ。中学生以降、はじめて人にこの事実を告げる。臆病と言われるかもしれないが、日ノ下は屋上から飛び出すような覚悟を持って言った。

「その――僕は右耳が悪いんだ。だからさ、あの日、聞こえなかったのもそのせいで……」

「待って待って。日ノ下くん。何を言ってるの?」

「だから、あの日、校庭で僕に声をかけたんだろ?」

「違うよ。日ノ下くんは突然ボクの前に現れたんだよ。それこそ何の脈絡もなく――ね」

「……は?」

「……え?」

 互いに目を合わせてぱちくりさせる。荷渡が日ノ下をからかっている様子はまるでなかった。

 つまり。

「二人――いたのか」

「ボクではない誰かが、日ノ下くんに助けを求めていたんだね。あぁ、なるほど。ヒーローは何の脈絡もなく現れない――それなりの理由があったってわけなんだ」

 日ノ下に<助けて>を言った人物と荷渡は別人。

「ってことは僕の秘密打ち明け損かよ!? 中学はじまってから耳が悪いの誰にも言ってないのに!」

「……耳が悪いの隠す必要ってあるの?」

「僕にとってはトップシークレットなんだよ……はぁ。頼むから、誰にも言わないでくれ」

「言わないけどさ。ところで、もう一人に心当たりはあるの?」

 もう一人の少女……。

 日ノ下には引っかかる人がいた。

 荷渡だけを助けた。そうなれば、はじめに「助けて」を言った少女を日ノ下は<無視>したことになる。

 文化祭実行委員の片割れ。

 無視を嫌う少女。

「なぁ、荷渡。一つ確認したいんだが、中学生の頃、浮雲が文化祭実行委員をやめさせられたのは、もしかして僕達が出会った日だったりするか?」

「……そうだね」

「あぁ……。それなら、証拠はないが浮雲だ」

 今まで浮雲は無視を嫌っていた。寝てる? などとよく聞いてきたし、悪戯で無視した日にはあの浮雲が声を震わせて涙目になるくらいだ。あの日、日ノ下が浮雲を無視したせいで、トラウマになってしまったのではないか? そういう推測が日ノ下の中にはあった。

「証拠はなくてもやけに確信的だね」

「たぶん間違ってない」

 警察の調査ではないのだ。証拠はいらない。あとは浮雲に聞けばいい。

 なぜ<助けて>と言ったのかも容易に推測がつく。

 浮雲からすれば理由もわからず、年齢も立場も上の人間に無理やり文化祭実行委員をやめさせられたも同然だろう。すがれる人間がいなかった。

 日ノ下の思考を継ぐように、荷渡が話し出す。

「その時期、日ノ下くんが正義の味方ごっこをしてたのは同学年ならほとんどの人が知っていたから、藁をも掴む気持ちで日ノ下くんに助けを求めた――かな」

「あぁ。僕はそれに気づけなかった。間抜けもいいとこだな……」

「それでも日ノ下くん。君はボクを助けてくれたんだ」

「……」

「けどまぁ、そのせいで君は正義の味方ごっこをやめてしまったけどね」

「いや――それは遅かれ早かれ、当人の問題は当人次第で他の人間ができることなんて高が知れてるって事実には気づいていたよ。そして、正義の味方面してた僕は同じように黒歴史としか捉えられなかっただろう。けど、荷渡がありがとうって言ってくれたんだ。それだけで僕は救われた。むずかゆくなるような過去であるのには変わりないけれど、間違ってはいなかった」

 気恥ずかしくなり、日ノ下は頬をかく。

「浮雲の失態は――悔やんでいても仕方ないんだろうな。過去は変えられない。幸か不幸か挽回のチャンスが訪れた」

「うん。ボクも浮雲ちゃんを助けないと後味が悪い。ボクだけ助けられたっていうのはね」

 荷渡は肩をすくめて苦々しく笑う。

「……ところで日ノ下くん。君は浮雲ちゃんの心を本当に読んでいるようなんだけどさ、まさか本当に観察者ってわけじゃあないよね」

「もちろんだ。浮雲は無意識に思ってることを口にする癖がある。この際だから話すが、僕は読唇術を使って、それを読み取っていただけだ。読唇術は悪い耳を補うために身に付いたもんだ」

「なるほどね。確かに浮雲ちゃんは何も話さないのにもごもご口をよく動かすよね」

 荷渡は頷くと、気味悪さが三割増しになるニマニマとした笑みを浮かべた。

「さて、二年の時を得て、日ノ下くんは正義の味方ごっこ再開するわけだ」

「正義の味方ってのは違うな」

 この世に通じる正義ならきっと会長の方にある。多数のより安全な道を選ぶ生徒会長はきっとどこまでも正しい。浮雲を助けたいというのは日ノ下のエゴだ。

「正義じゃなく、単なる浮雲の味方だな」

 生徒会長の顔を思い浮かべながら、日ノ下は拳を握る。

「荷渡のおかげで気づけた。愚かでも偽善でも、赤の他人であろうとも手を伸ばす価値はあるんだって。たとえ浮雲に抗う気がなくても、文化祭実行委員を続けたいと思っているはずなんだ。ならきっと掴んでくれるはずだ」

 目の前のニマニマ笑う幼怪に感謝する日が来ようとは、日ノ下は思いもしなかった。



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