その少女、黒歴史製造中につき取扱注意!57
躊躇。
昨日の出来事のせいで顔を合わせづらい。
「荷渡の方がダメージでかいんだ。僕がためらってどうするんだよ」
思い切ってドアを開け、教室に踏み込んだ。机やイスがバリケードのように積まれる教室の真ん中で荷渡はイスに座っていた。彼女は一瞬目を丸めたが、すぐにニマッとした笑みを顔に張り付けた。
「なんだい? 次は日ノ下くんがカウンセリングを受けるのかい?」
さっきクラスメイトが言っていたので察しはついていたが、今日の荷渡は休日モードだった。目の下のクマと寝ぐせがない。
「違う。ちょっとした頼み事だ。カウンセリングが終わったやつから衣装を貸していっていいか?」
「別に構わないよ。だけど、もちろんあそこには人を入れないようにね。日ノ下くんがチョイスして教室に持っていくんだよ」
「わかってる」
沈黙。業務上の会話は終了した。気まずくてこのまま回れ右して教室を出ていきたい。
一つ、聞いておかなければならないことがあるんじゃないか?
昨日抱いた確信について。
いや、聞いておかなければならないのではなく、僕自身が聞きたいのか? どちらにせよ、荷渡があの日の少女なら日ノ下は一つ言っておかないといけないことがある。
「なぁ」
「ねぇ」
偶然にも荷渡と声がだぶった。運命の女神様がいたなら呪ってやりたい。気まずさが二倍にも三倍にも膨れる。
「なんだよ?」
「日ノ下くんこそなに?」
「レディーファーストを重んじてお先にどうぞ」
「この状況でレディーファーストを重んじるなら女々しい男認定するけど?」
「て、てめえ。わかった。わかったよ。僕から聞けばいいんだろ」
荷渡の心を読めずとも、<あの日>のことを言おうとしているのは容易にわかった。
「中学校の頃――屋上で僕と会ったのは荷渡なのか?」
再三の沈黙。どうも日ノ下と荷渡の間には互いの声が届くのに時間を要するほど距離があるようだ。
「うん……ボクだよ」
観念したように荷渡が頷いた。
「やっぱりか」
「そうだよ。あの日、君に救われてから憧れてしまったんだよ。悪い? あぁ死ぬほど恥ずかしい!」
言葉こそぶっきらぼうで恥ずかしそうには聞こえなかったが、荷渡の顔は徐々に下がっていった。
「その日のことで、ボクは日ノ下くんに言っておかないといけない。ボクの用事はそれさ」
下を向いたまま立ち上がって、てくてくと日ノ下の前まで歩いてくる。
「一度しか言わないからね」
日ノ下は息を飲んだ。
「ボクの背中を押してくれて、ありがとう」
荷渡は日ノ下を見上げながらそれを言った。日ノ下がついに想像することの叶わなかった笑顔がそこにある。どこまでも普通の笑みなのだが、それは土砂降りの夜に月を見るように特別だ。
あの日、日ノ下は相談には乗ったが、それだけで手助けなんてできなかった。なのに、荷渡はありがとうと言った。
死にたくなるほどの恥ずかしさが込み上げてくるかと思ったけれど、それはいつになってもやってこなかった。




