s3.拷問(ごうもん)のはなし
※注意です。
〇このものがたりは、『とり』の書いた長編小説『【異世界転移】をやってみた《3》 ―パンドラの箱―』の番外編です。
〇ショート・ストーリーです。内容は、ユノが旅のとちゅうで立ちよった【エルドラン】という町の、教会がおこなっている粛清についてです。
(※残酷な表現をふくみます)
〇以上の点に抵抗のあるかたは、読まないことをおすすめします。
エルドランの町には、司祭が管理する礼拝堂を置いた【教会地区】がある。一般に「教区」と呼ばれるそこは、【竜神教】教団が裁量権をもつ裁判所、および留置所も内包していた。
剃髪した頭に司祭の帽子をのせた、白い法衣の老爺――マールータは、昼の演説を終えたあと、隣接する「留置所」へとおもむいていた。
面積としては民家を二軒ほどつらねたくらいの建物だが、見た目に反してその全体の容量は大きい。
建物はあくまで、教会の人間が常駐し、奥の囚人たちをたずねるための、入り口でしかなかった。
本場は地下にある。
蟻の巣よりは整頓された地下フロアは、一階があらたに告発されたものを閉じこめる牢であり、二階が尋問室と、取り調べをひかえた人間をあずかる「控室」がずらりとならんでいた。
尋問室からは、絶え間なく人の声があがっている。
獣のような唸り声もまじっているが、人間の悲鳴とは、ある域を超えてしまうと動物の鳴き声と差異がない。
ましてや。尋問室で取り調べを受けているのは、魔物の仲間として密告された、人の皮を被ったばけもの――として追及を受けている市民たち――なのだから。
「マールータ司祭。またひとり、正体をあらわしました」
「うむ」
尋問室ではなく、そこへ行く独房のならぶ廊下で、マールータはおつきの若い神官に答えた。
神官の案内にしたがって、正体をあらわしたという囚人のもとへ向かう。
廊下には、安全性の面から、銀の長剣で武装した、教団の兵士が何人かいた。
マールータは、独房ののぞき窓をカタンとあける。
『うううぐるるああああ!!!』
カビくさい檻の奥から、灰色の、すんたらずな猿の造形をした怪物が、赤く濁った目をぎらつかせてわめいている。
黄色くよどんだ牙を剥き、唾液を滴らせたくちをあけて、今にも金属扉の外側の司祭たちに飛びかからんばかりだ。
が。くさりで壁につないだ鍵つきの首輪が、ガチリと猿の怪物――【グール】の全身を引き留めた。
かつては「人が好い」と評判だった、床屋の主人――その名残の衣服を身につけたまま、魔物は、なおも司祭に襲いかかろうと、足の爪を固い地面に突き立て引っかきつづける。
「東区で散髪屋をしていた、ガーノンという男です。ずっと魔物との関係を否定していましたが。やはり……」
「尋問するまでもなかった。ということか」
マールータは独房のドアを離れた。
彼のように――ガーノンのように、留置所に入れられて一週間と経たぬうちに化けの皮のはがれる、悪魔の密偵は少なくない。
もっとも。日の当たらない場所に入れられて、ろくな食事も与えられず、なぐさみの言葉もなく、四六時中同じ階層からただよう阿鼻叫喚を聞かされて、正気を保っていられる人間がどれほどいるかは不明だが。
マールータをはじめとする、教会の人間には知るよしもなかったが、気を病み、神経をよわらせ、衰弱した人間が、魔物になっているのだった。
日光を遮断した場所への監禁や、栄養失調。不安を高める環境は、人間を化け物へと育てるための理想的な飼育場と言っていい。
疑心は鬼を生ずるということわざの通り、司祭たちは、町から魔物を追い払うと豪語する一方で、知らぬあいだにその増殖に加担しているのだった。
「尋問のほうはどうだ。自白したものはいたか?」
「はっ。新たに四名、化け物と内通している疑いのある者が浮上しました」
神官の男はマールータに言った。
マールータは満足げにうなずいて、尋問室の扉をあける。
硝子などで仕切られていない窓のついた鉄扉のなかからは、ずっとうめき声がしていたが、完全に扉が開放されると、声は一層大きく、悲惨さを増して、廊下へと流れ出した。
黒い頭巾を目元までかぶった男たちが、囚人たちにあの手この手で責め苦をくわえている。
彼らを尻目に、マールータは室内を観察した。
頭巾の男たちは、取り調べを担当する者たちで、手には鞭や針、やっとこなどを持っていた。
室内のそこかしこには、囚人服を身につけた人間がいる。それは年を取った者もいれば、男も女も、子どももいた。
あっちでは生爪をはがされ。こっちでは瞼を剥いだ目玉に熱した鉄心をあてられ。少し大掛かりなものになると、寝台のような石の台に寝かされた者の額に、ぽたぽたと水滴を垂らす姿もあった。
雨だれ石を穿つとは言うように、この水滴。最初はなんてことのない、つめたい雫の攻撃だが、温度を失っていく皮膚を通して頭蓋骨を打ちつづける止まない雨に、受け手はゆっくりとその苦痛に気づき、やがて正気をなくすのだ。
ぎりぎり。縛りつけた人の身体を、引きちぎらんばかりにまわる歯車や、逆さづりの一画を見やって、マールータは、黒頭巾たちに誰それの詰問がゆるい。などと指示を与えた。
取り調べ――尋問とは名ばかりの拷問だが、マールータたちにとっては、これはまっとうな手段だった。
ここでの追及で自身の罪を告白し、さらにほかに魔のものと密通している者の名を挙げれば、晴れて虜囚は、斬首ののち火あぶりに処されるの名誉を得る。
逆に、くちを固く閉ざしつづければ――罪を否定しつづければ――処刑用の広場において、民衆に「人類の裏切者」として晒しものにされたのち、生きながらに火あぶりに処されるの不名誉を得る。
マールータにとっては理解しがたいことに、後者を選ぶ不届き者が、多くの割合を占めていた。
「……魔のものの考えることはわからん」
自白を強要する獄吏に、よわよわしい声で「ちがうっ。オレは……。化けものじゃない」と訴えつづける囚人のひとりに一瞥をくれて、マールータは、拷問室をあとにした。
(おわり)
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