s2:象牙の匣(はこ)
※注意です。
〇このものがたりは、『とり』の書いた長編小説『【異世界転移】をやってみた 《3》 ―パンドラの箱―』の番外編です。
〇ショート・ストーリーです。内容は、妖精の女性セレンが、パンドラの箱を手に入れるはなしです。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、読まないことをおすすめします。
金色の木漏れ日が、森をつらぬいている。
四方八方から降りそそぐ太陽の熱線は、シチリ島を愛おしむように、またはいつくしむように。この地の醜怪な密林を、神々しいまばゆさで包んでいた。
(こんな所に住んでいたのね)
セレンは上空から、結界の解けた小島に降り立つ。
――ユノがマーリンのもとを去って、すぐのことである。
普段は魔女・マーリンの魔法によって、自然美に彩られた森だが(そしてそのためにセレンも、この島の存在を見落としていたが)魔法がほころんだ今は、実験台となった人間が植物に埋めこまれた――もしくは、植物そのものになってしまったかのような、不気味な造形をした木や草に満ちている。
セレン――妖精の女族長は、長い緑の髪をゆらして、あたりに視線をめぐらせた。
同族を探す。
見た目は二〇才前後と若いが、実年齢は百を軽く超えるこの光妖精は、同胞の気配を感じてここに来たのだった。
清潔な長衣にマントをつけ、笹の葉状の耳にはイヤリングを吊っている。
手には【霊樹の杖】という名の、朴訥とした、木の根そのものを引き抜いたような形状の杖を持っていた。
朝の陽は、下草から玉のような露を湧かせ、魔の森を進むセレンの靴を濡らした。
――仲間の気配が強い。
しかし彼女の期待した場所に、彼女の予期していたものはなかった。
(これは……)
ひらけた場所――と言うのもおこがましい。
ほかより大きな、何かが植わっていたような少し開けた場所。
ともあれ。もともとあった「なにか」は、誰かによって消し去られていた。
肥えた大地に不自然に残った焦土と、地下から突き出したのだろう、幾筋もの木の根の残骸。
セレンの保護すべき妖精のすがたとは、見当ちがいのものしかなかった。
「……。あれほど強力な結界を張れる人間がいるのなら、この状況も納得だけど」
妖精は、魔術に長けている。
そのなかでも、頭として一族をたばねるセレンの目をくらませるのは、並大抵の技量ではありえない。
ゆるく頭を振って、セレンはまた歩いた。大地にできた、半円形のクレーターに近づく。
くぼんだ地面の中心に、チカリと白い光が反射した。近づき、膝を折って、なんであるかを確かめる。
反射光は、白い矩形の角に当たって瞬いたものだった。
セレンは左手で、地面から小さな六面体を取りあげる。
「こんなことが……」
馬鹿なことを!
と苦く――歪んだがゆえに、どこか笑った風にさえ思える表情で、セレンは立ちあがった。
この六面体。……小さな匣は、妖精の亡骸である。
「ダフネ……」
匣になった妖精の名を、セレンはつぶやいた。
厳密には匣は、もはや何者でもなかったが、気配だけはのこっていた。魂の残滓。とでも言えようか。
セレンは、象牙でできた小さな匣を、数瞬もてあました。
匣のなかみが何であるかを、セレンは知らないわけではない。それがどういったどういった効果をもたらすものかもまた、知らないはずもない。
だからこそ。
迷った末、彼女は持ち帰ることにした。
そして――。
読んでいただき、ありがとうございました。




