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【異世界転移】をやってみた《3》 ―パンドラの箱―  作者: とり
 本編の説明不足をおぎなうショートストーリー
68/71

s1:これがわたしの、お師匠(ししょう)さま。




   ※注意ちゅういです。


   〇このものがたりは、『とり』の書いた長編小説ちょうへんしょうせつ『【異世界転移】をやってみた 《3》 ―パンドラのはこ―』の番外ばんがい編です。

   〇ショート・ストーリーです。内容ないようは、本編ほんぺん名前なまえだけが出てきたキャラクター【マーリン】と、その弟子たちのはなしです。

   (※女性じょせい入浴にゅうよくシーンが出てきます。)

   〇以上いじょうの点に抵抗のあるかたは、まないことをおすすめします。





 無人島むじんとう銘打めいうたれた孤島、【シチリとう】。

 ケルティア大陸北東(ほくとう)部に位置する、半島はんとう大橋おおはしでつながった小さなしまだ。

 マーリンという魔法使まほうつかいが、この小島こじまにはんでいた。

 【無人島】とびならわされているように、ふつうでは、この魔女まじょつけることはできない。

 彼女かのじょは島と、その周辺しゅうへん幻惑げんわくの魔法をかけ、来るものに島の偽()いつわりのありさま――原生林げんせいりんしげる、美しい森――を幻視げんしさせると同時、決しておくへは行けないよう、すこあるけばかならずスタート地点に戻るよう、空間をゆがめてつなげていた。

 そんな彼女とえることは、幸運か、でなければこの上ない不幸を意味いみする。そしておおくの場合ばあい、取り返しのつかない不運というのが定石じょうせきだった。

 ましてや。マーリンの弟子になるなどというのは、よほどのタイミングのさにめぐまれていなければならない。遭遇そうぐうの幸運を持っていたとしても、彼女の気分次第で、訪問者ほうもんしゃへの待遇たいぐうは、客から実験台へと移動(シフト)してしまうのだから。


   〇


「ぬるーい」

 浴室よくしつから声がした。おんなの声だ。魔法使まほうつかい、マーリンの声である。

 格子窓こうしまどこうの、おおきな風呂釜ふろがまのなかにいる。

 なが金髪きんぱつを、自前じまえ入浴剤にゅうよくざい(そのへんの薬草をせんじたものだ)を散らしたのなかに浮かせて、ひのきわくに白い両肘りょううでを引っかけている。

 彼女かのじょの金色の双眸そうぼうは、むだに広い浴室ではなく、うしろの、硝子がらすのないまどへと動いていた。その先にいる、最近(はい)った弟子の少女しょうじょに、もう一度いちど文句を言う。

「エバー。あんた、手ぇいてんじゃないでしょうねー?」

「抜いてないです」

 エバは風呂場ふろばの外の庭にいた。まきかまに入れて、火をこし、温度おんど調節ちょうせつしている。

 ただ火のようすにかかりきりというわけではなく、ぱちぱちぜる風呂焚ふろたがまのそばで、月と火のあかりをたよりにほんんでいた。


 エバ――じゅっ才ほどの少女しょうじょである。なが栗色くりいろかみをポニーテールにして、(いつもはながしたままだが、作業中さぎょうちゅう邪魔じゃまなのでまとめるようにしている)おしゃれなシャツと、みいかいスカートをにつけ、サスペンダーで上下じょうげを留めている。クツはベルトのついた、きれいなシューズを穿いていた。

 この衣装いしょうだけをれば、とても屋敷の小間使こまづかいをしているとはおもえない。マーリン手製のよそおいである。

「なんか。ぜんっぜんあったまる気配けはいないんだけど」

 マーリンの声がまどのなかからまた飛んだ。

「もうすぐですよ」

「そのセリフ。三桁さんけただわ」

 うんざりとした声にエバは答えず、ほんのページをめくった。エバとて、さぼっているわけではない。

効率こうりつよくお温度おんどげる方法ほうほうは……)

 漫然まんぜんと火のそばにすわっているだけなんてえられない。

 マーリンの教育きょういくでは、おそわるのをっていたら、一〇〇〇せんねん()っても一人前いちにんまえになれないのはすでに学習()みだった。

 となれば。自分のほしい技術ぎじゅつは、自分でまなんでいかなければならないではないか。例え失敗しっぱいして、おこられる羽目はめになっても――。


(……。これなんかどうかな)

 エバは魔法書まほうしょ一節いっせつめた。かまの火に手をかざし、あたりをつけた文章ぶんしょうむ。

しゅいた。楽園らくえんの東に、火をまも魔物まものを」

 ぼうんッ!!

 爆発ばくはつせんばかりにかまがふくれあがり、めらめら燃えていたほのお一気いっき火柱ひばしら成長せいちょうした。

 急激きゅうげき温度おんどがったために、とーぜん風呂ふろのほうもすぐにぬくもったようで、なかから声が返ってくる。

「エバ、」

「はい。マーリンさん、もうそろそろ調度ちょうどいいくらいになるとおもうんですけど」

摂氏せっし百度の液体を、いい湯加減ゆかげんってうならね」

 ……。魔法まほう失敗しっぱいだったようだ。というより、魔法は成功だったが、エバが得たかった結果に対して、おもうような効果をげてくれなかった。つまりはただの失敗しっぱいだ。

 マーリンの声がする。

「ま。いっか。めるのをちましょう」

「魔法で冷ませないんですか?」

「そうおもうなら、あんたがやってよ。風呂当番(とーばん)さん?」

「……私がやったら、今度は氷点下ひょうてんかになっちゃいますよ」

「ちがいないわね」

 自分でやったほうがはやいと考えたようで、マーリンは魔法を使った。


 エバはここぞとばかり。蒸気じょうきでまっ白になったお風呂をまどからのぞき込む。マーリンがリズムよくゆびを振り、爪先つめさきあおい光がともった。それが冷気をまとっていて、気圧きあつの変化から、かるい風がこる。

 に蒸気は散じて、浴室よくしつはヤカンのなかのようだった塩梅あんばいから、温泉おんせんめいた、湯煙ゆけむりのもようになった。

「……おんなが女のフロのぞいて、なんかたのしいの?」

「あ。モルガンさん」

 あおかみ少年しょうねんが、エバのうしろをとおぎざま胡乱うろんけた。

 彼の腕には、森でひろってきた、明日あしたのためのまき)が抱えられている。

 十五じゅうご才ほどの彼――モルガンは、エバの兄弟子あにでしだった。紅顔こうがん美少年びしょうねんで、学士めいた服を着ていて、いかにも知的だ。

 奴隷どれいとしてまちいちに出されていた【魔族まぞく】だが、マーリンが料理番りょうりばんとして買い取り、しまにつれて来た。

「べつに楽しかないですけど……。ちょっとコツはつかみました」

「なんの? ――って。魔法まほうのか」

 モルガンは自分のうなじんだ。すこながい髪をたばねたものが指先ゆびさきに触れて、しっぽみたいにひょこひょこれる。


「やってみますね。これ私が使えるようになったら、食糧しょくりょう保存ほぞんがかなりの期間できるようになるかも」

「かも。……ね」

 モルガンはうさんくさそうに薄笑うすわらいした。

 エバはほんをめくって、さっきマーリンが使った魔法まほう該当がいとうするものをつける。

「これだ……。『しゅは封じた。奈落ならくの底に、眷属けんぞくを』」

 くるくる人差しゆびをまわして、ばす。その先が偶然モルガンを指ししめし、コキーン。とおとをたてて、あおかみ少年しょうねん氷塊ひょうかいのなかに閉じこめる。

 モルガンは「あっ」というおどろいたかおをしたまま、透明とうめいこおりのなかで固まった。

 エバはすぐに、さきほどお沸騰ふっとうさせた火の魔法でもって、氷を溶解ようかいさせようと考えた。しかし。

 あの時のねつのふくれかたをおもい出すと、なかにいるモルガンを、みじんに吹きとばしてしまうかもしれない。

 ――ふたたびエバは、浴室よくしつまどにしがみついてマーリンをのぞき込んだ。


「あのおー。マーリンさん」

「なによ。一緒いっしょにははいってやんないわよ」

「じゃなくて。ちょっと魔法まほう失敗しっぱいして……。モルガンさんを、氷漬こおりづけにしちゃったんです」

「まじッ。あはははっ。あんた、馬鹿ばかだけどサイコーね!」

 大声おおごえで笑いつつ、マーリンは風呂からがる仕度したくをした。

「で。この大っ天才魔法使(まほうつか)さまに、あんたごときの尻拭しりぬぐいをさせようってわけだ」

わるいとはおもってますけど……。私ががんばったって、失敗しっぱいして、取りかえしのつかないことになりそうで」

「ふん。賢明な判断はんだんね」

 マーリンはさっさと浴槽よくそうから出て、けむりのなかをあるいた。脱衣所だついじょに入り、そこで寝巻ねまきに着替えて――といっても私服とあまり変わらない。ノースリーブにミニのスカートだ――外に出る。


氷漬こおりづけ……。か。私もむかし、えらっそうな精霊せいれい相手あいてに、ちょっといたずらしたもんよねー」

 よるくらがりから月明つきあかりのしたに出て、マーリンは肩にかかるれたかみ乱暴らんぼうはらった。

 【精霊せいれい】といえば、この世界の自然をつかさどる根源で、強大きょうだい魔力まりょくを持っている――いわば、自然界の覇者はしゃである。

ったことがあるんですか?」

大昔おおむかしにね。つっても。他力本願たりきほんがんのつっっまんないヤツだったから、なんかウザくなって火であぶって地面じめんたたせて顔面がんめん蹴っ飛ばして、くやしそうなかおしてるところをこおり彫像ちょうぞうにして、そのままほうっておいたけど」

 われながら芸術げいじゅつ的だったわ。とえつはいりつつ、マーリンはこおりに閉ざされたモルガンに指先ゆびさきけた。

 ねつ波紋はもんおくる。

 氷の表面ひょうめんがじわじわとけ、またたくまに、芝生しばふ水溜みずたまりができる。

 人の背丈せたけほどもある氷塊ひょうかいが小さくなり、なかの少年しょうねん解放かいほうした。


 エバは、マーリンが精霊にいたずらをしたというのが、にわかには信じられなかったが……。

「まっ。この調子ちょうしでがんばんなさい」

 ぽん。と少女しょうじょの肩をたたいて、マーリンは屋敷に引っこんだ。

 おこられるとおもっていたエバは、きょを突かれつつ――。

「……。……自分でなんもしようとしない人には残忍ざんにんだけど、自分でなにかしようと足掻あがく人には寛容かんようだよな。あの人は」

「うん」

 決して言葉ことばではなく。非難ひなんを込めた眼差まなざしをマーリンの消えた暗闇くらやみけて、(自分がいたたのに、下手人げしゅにんであるエバがばつを受けないのが不服なのだ)モルガンは言った。

 そして彼の言葉の真意しんいには、なにひとつ気づくことなく。

 エバは兄弟子あにでしの言葉を額面通がくめんどおり受け止めて、それにおおきくうなずいた。




              (おわり)





      んでいただき、ありがとうございました。



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