s4:おにいちゃん。って、よんでほしい。
※注意です。
〇このものがたりは、『とり』の書いた長編小説『【異世界転移】をやってみた《4》 ―パンドラの箱―』の番外編です。
〇ショート・ストーリーです。内容は、ミースという村がグールにおそわれたあと、剣士のアドニスにうながされて、ユノたちが森にはいった時のはなしです。(コメディです)
〇メタな表現がふくまれます。
〇以上の点に抵抗のあるかたは、読まないことをおすすめします。
また、読んでくださる場合でも、ご不快になられた際にはすぐに閲覧を中止することをおすすめします。
怪物の声が遠い。
ミースの村から森にもどったユノは、前を行くパンドラに従って、樹冠にさえぎられた月光のなかを、深く、深く、もぐっていった。
めらめらと。赤く燃える空は徐々に背後に遠くなる。村人の声も、もはや聞こえない。
ここならもう、誰かがやってくることもないだろう――。
というところで。ユノはぺたりと地面に尻をついた。
十七才の、黒髪黒目の少年である。
元は地球の日本という国にいたが、陰鬱な高校生活を送っていたある時、この異世界【メルクリウス】に召喚され、勇者として魔王を討つこととなった。
魔王の討伐は、一年前の晩夏に果たし、現在は冒険者として、依頼をこなしつつなかば気ままな旅をつづけている。
今現在この場所にいるのも、その一環と言ってよかった。
少年――ユノが座り込んだのにパンドラは気づく。振りかえる。
「なにやってるの。ユノさん……」
パンドラは赤い目をあきれたものにした。十才ほどの少女だが、亜麻色の長い巻き毛が、少し彼女を大人びてみせる。
白い長衣と旅用の靴をつけているが、その白に偏った色素の風采は、夜暗のなかで、ぼやりと幽玄の存在のように浮かんでいた。
ユノがゴロゴロ。地べたに寝っころがって言う。
「パンドラあ。おねがいがあるんだけど」
「フツーにいやだ」
「なんでまだ何も言ってないのに断るの」
「セレンから聞いてるの。ユノさんって、本編ではそこそこまじめだけど、短編になった途端にフザけたことしかぬかさないって。どれくらいフザけてるかっていうと……。あの冷徹大魔神のセレンがためらいなくヒクくらいフザけてるって聞いてるけど」
「あの妖精~。よけいなことばあっか言いやがって……」
「と。言うわけで。だめです」
パンドラはユノに背を向けて歩きだした。なお、セレンというのは妖精の族長で、若い娘のすがたをした、グリーンの長髪に長い耳を持つ美女である。性格のほうは、先ほどパンドラの言ったとおりだ。
「ちょっと待ってよー。パンドラあ」
「ぶっ!!!」
虫みたいにガサガサと地を這ってきたユノが、歩いていたパンドラの足首をつかんだ。物理的な摂理により、パンドラの体は前方に倒れる。あまりの不意打ちであったため、反射神経が間に合わず、パンドラはそのまま受け身もとれずにかわいい鼻を地面に打ちつけた。思いっきり。
「ユノさん……。私になにか恨みでもあるの?」
「ないよ」
「んじゃあ、こんなケガさせることしないでよ……」
「えへへー。でもさあ。知ってる? パンドラ。ボクのいた世界ってゆーか国では、殺意があって人を殺したら罪に問われるけど、殺意がなくって人を殺したときは罪には問われないんだよ」
(……。怖いこと言ってる)
パンドラはササーッと四つん這いでユノから離れた。ユノは「よっこいしょ」と湿った大地に座りなおす。
「それはともかく。おねがいってのは、カンタンなことなんだ」
「聞かないっ。て言ったばっかりなんだけどおー?」
「ボクにね、『お兄ちゃん』って言ってほしいんだ。ってゆーか、ボクのことお兄ちゃんって呼んでほしいんだ」
「じゃあそこに気前よく輪っかの形になった蔓が木に引っかかってるんで。それに首を突っこんで次の生に体よく私の兄として生まれ変わってください。その暁に、どうするか考えるんで」
「きみも残酷なこと言うよなあ」
「そうかなあ。ストレートに『死ね』って言われるよりかはやさしいと思うけど」
パンドラもまた近くの木に寄りかかる格好で座った。服が泥だらけになってしまったが、まあ短編なので問題ない。ここでの描写は、本編のほうには基本反映されないのだ。多分。
「ボクには、異世界にきたらやりたいことがあってさ……」
ヒザを抱えて夢を語る口調になって、ユノは星空を見上げた。木々の葉が邪魔してほとんど見えないが。
「そうなんだ。それじゃあ夢とか希望とかはハンカチやティッシュといっしょに、なくさないようポケットに詰めたままにして。さっさと出発しましょーか」
どっこいしょ。とパンドラは立ちあがった。
本当は少し休んでいきたかったが、遠い目をして語りだすユノに、ものすごくめんどうくさい臭いを感じたのだ。具体的にどんな臭いかというと。……アンモニア臭?
「えー。ちょっと待ってよパンドラあっ。ボクが一世一代の決心をして言おうとして……。あー、ねえ待ってまって。あのね。異世界でボク、ハーレムをつくりたかったんだ。現実で満たされなかった承認欲求と称賛への渇望を、ここで思う存分満たされたいんだよ!」
「そんなつまんないことに、私たちの世界をまきこまれても……」
「きみにはほめられたことのない人の気持ちがわかんないんだいっ!」
「中身のない称賛ほどむなしいものはないと思うけど……」
ぽつりと。しかしギリギリ聞こえるボリュームで、パンドラは言った。
「それでもいいのっ。おねがあいパンドラッ。ボクのことお兄ちゃんって呼んでっ。心を込めて、尊敬の念もちゃんと込めて、『おにいちゃん♡』って、呼んでよおおお!」
「……な。なんて図々しい……」
足首をつかんで引きずり倒さんばかりに引っぱってくるユノに、パンドラは顔中をひきつらせて呻いた。なんとかユノの手を踏んづけてもぎ離し、距離をとる。
「ほら。馬鹿なことばっか言ってないで、そろそろ先に行こうよ。……。……お。おにいちゃん」
か細く放たれたパンドラの言葉に、ユノは顔を輝かせた。飛びあがって、立ちあがって、パンドラについていく。
「わあーいっ。ありがとうパンドラっ。信じてたよ!!」
「はいはい……」
うしろから抱きつこうとするユノの顎に裏拳を入れて、パンドラは夜の森を再び歩き始めた。
もう二度と、こんな人間の相手はするまいと。心に堅く誓いながら……。
(おわり)
読んでいただいて、ありがとうございました。




