64:霊樹の里へ
〇最終回です。
〇前回のあらすじです。
『精霊たちが、休息をとりにいく』
精霊の神殿から山のなかに降りるのは、おそろしく簡単だった。
高い丘のようになった道を、下っていくだけなのだ。
行きは戦闘もあったため長く感じられたが、坂道だけなら、距離としてはそう離れていなかった。
夜であたりは暗く、風は冷たくて獣の気配もあったが、危険はない。
ユノとパンドラは、人心地着いた気になって息を吐いた。
「はあ……。やっと終わった」
パンドラが、疲れた、というようすで声を出す。
「もう帰るの?」
名残りおしい気持ちでユノは訊いた。パンドラはうなずく。
「セレンと落ち合う所があって……。そこから霊樹の里に帰る手筈になってるの」
「送っていこうか?」
精霊のちからに守られたこの森には、魔物はいないが人間はその限りではない。それに森を出れば、魔族を目の敵にする信者と会わないことも、ないとは言えない。
パンドラは首を横に振った。
「ひとりで帰れるから。それに――」
「それに?」
ユノが首をかしげると、少女の背中でぴくぴくと骨が動いた。
肩甲骨が途端に巨大化したように、鳥の翼が生える。
「ちょうど人化も解けちゃったし。飛んでいったほうが早くて安全だからね」
「……猟師や弓使いに撃たれないようにね」
「うん」
しばらく使っていなかった両翼を、練習するように動かして、パンドラは風を起こした。
いくらか満足のいく強さを出せるのを確かめてから、鳩や烏のように、地面に風圧のわだちをつくり、宙に浮かぶ。
「それじゃあユノさん。私はこれで――」
「パンドラ」
ユノは少女を見上げて引きとめた。人がくるまえに、手早く用件を伝える。
「ボクも霊樹の里へ行くよ。ワープはできないから……【パペルの塔】のてっぺんから、連絡するかたちになるけど」
セレンの行使する転移の術は、人間には負荷が強過ぎる。
パンドラは魔族だからその影響は少ないが、ユノには死活問題になるほどの危険がつきまとうのだ。
「言う必要もないのに。フローラもいるし。誰も追い返したりしないと思うよ。ここの精霊みたいに」
「うん。でも、いちおう伝えておきたくて。念のためにこれも言っておくと、竜に会いたいんだ。取りかえす気は、ボクには無いんだけどさ」
霊樹の里には、セレンがつれていった黄金の竜がいる。先ほどパンドラの言った「フローラ」という少女は竜の姉で、里に幽閉された妹を人間界につれもどすために、一時期ユノと旅をしていた。
今は彼女も霊樹の里にいて、姉妹ともども妖精のやっかいになっている。
「……わかった」
ユノの宣言にパンドラはうなずいた。
なぜ彼が竜に会いたいのかは分からなかったが、追及する気にはなれなかった。
ユノはパンドラに手をふる。
「引き止めてごめん。それじゃあ。今度こそ――。さよなら」
「うん。里で待ってるからね」
パンドラも手を振り返してユノと別れた。
少女のすがたが、大きな月の出る夜空へとのぼっていく。
遠目に見れば鳥のシルエットと遜色のないパンドラの飛翔する様を、首の痛くなるまで見送って、ユノは踵を返した。
――旅を続ける。
〈END〉
〇以上で『【異世界転移】をやってみた《3》 ―パンドラの箱―』は、終了です。
〇つぎの投稿は連絡用の文章になります。
内容は、『本編終了のおしらせ』などです。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。




