61:神の不在
〇前回のあらすじです。
『ユノがパンドラの箱を壊す』
【希望】がある――。
そう【教会】が言っていた【パンドラの箱】のなかには、何も入ってはいなかった。
ユノは膝を折りまげて、自分で砕いた象牙の容れものを片手でひろう。
「いらないんだ。希望なんて」
ユノはここへ来るまでに疑問していた。
神である竜の不在。
人間の欺瞞。
精霊の言葉。
――希望はあるわね。あなたにとっての――。
神殿の玉座に座るビビアンを、キッ。と見上げる。
「まちがってたんだ。人間たちは。だれかになんとかしてもらおうって。自分の身に背負うべき災難を、肩代わりしてくれるものをずっと探してた……」
ビビアンはなにも言わなかった。
パンドラもユノのそばで黙っている。
ほかの人々も。
「でも。そうじゃない。自分に振りかかることは、結局、自分でなんとかしなきゃいけなかったんだ。誰かを倒したり、追いやることで、解決できることじゃなかった」
だからフレデリックは化物になったと、今なら確信できる。
あの若者もまた、教会の人間と根本では変わらなかった。
傷つける相手が、世間的な【悪者】であったというだけで。
――それはユノも同じ。
「どうしてボクが、化物になる難を逃れているのかは分からない。まだその兆しが、現われていないだけなのかもしれない。でも、そうなら。その猶予のあるうちに……ボクは。強くなりたい」
象牙の箱は、ユノの手のなかで砕け散った。
剣を叩きつけた時に、表面にいくつものこまかい亀裂も生まれていたのだ。
硬い器が、欠片となってユノの指のあいだからこぼれていく。
ビビアンは言った。
「自分の災禍は自分で背負って、生きていけるようになりたいのね?」
ユノは頷いた。
「それで。もし、少しだけボクに余裕のできた時。他の困ってる人に、ほんのちょっとだけちからを貸してあげられるなら。それでいいかなって思うんです」
「そうして世界は回っていく。と?」
「はい」
精霊の目をしっかりと見据えて、ユノは首を縦に振った。
ビビアンは疲れたように、玉座の背もたれに身をあずける。
「欲張りねえ」
ユノは小さく笑った。
「ユノさんも人間だものね」
パンドラはにっこりして言った。
それが皮肉なのか。ほめ言葉なのか。
ユノには判断しかねた。




