41:地の底 空の彼方
〇前回のあらすじです。
『魔族の少女・パンドラが、ふたりの男をしりぞける活路を見いだす』
インボリュートのジャグリングが終わる。ぱしッ。と片手に持った剣が、パンドラの脳天目掛けて、振り下ろされた。
(この男の人たちも魔法は使えるはず。それも、転移系を。なら、フツウとはちがう理の働くところにでも行ってもらわないと――)
思考は一瞬。
めまぐるしく回転する意識の途中で、すでにパンドラは唱えていた。
「沈めインボリュート。奈落の底に!」
若い男――インボリュートの動きは止まらない。
(……真名じゃ、ない!?)
曲刀の刃は夜の闇を切り裂いて、がくぜんとするパンドラの亜麻色の頭髪にせまる。慣性のままに。
「なっ――、」
脚が吸いこまれた。インボリュートの脚だ。彼の身体が沈む。坂道にずるりと。まるで地面が唐突にぬかるみになったように。
真実の名前だったのだ。
「くあっ……?!」
パンドラに向かっていた短剣が軌道を変える。
胴までを大地にくわえられたインボリュートが、地面に突き立てようともがいたのだ。鎌状の剣は、ガッ! と硬い音をたてて乾いた足場に刺さった。だが。
「この……っ。小娘があああ……」
剣の柄もまた液状化して、インボリュートの救済を放棄する。
若く張りのある男の声が、またたく間に地面の底へと消えていく。
――とぷんっ。
なおも地を掴もうと、天に伸ばした男の手の指先が、最後に波紋を打って沈む。
そして大地は、なにごとも無かったかのように元の状態を取りもどした。
彼のいた場所に、彼の得物である、ふた振りの剣を残して。
「な……っ」
相棒の青年の身に起こったできごとを、ようやくハインツは理解した。そのために、初動が遅れた。
「なんとっ。小賢しい!」
戦槌を。野球のスイングのように振りぬきながら、ハインツがその巨体を猪のごとき勢いで走らせる――。
速い。
(でも、私には充分なのよ。それで)
同等の呪詛を吐くには、こと足りる時間だった。
ハインツの反応の遅れは。
パンドラは手を振り上げて唱える。
「飛べハインツ。星の彼方へ!」
「ぐっ、」
途端。ハインツの大きな足が浮く。
ブおウンと振った戦槌――それはパンドラの前髪をかすっただけだった――に、それだけが命綱のようにしがみつき、しがみついたまま、ハインツの巨躯は夜空へと打ち上げられる。
びゅーん。
と滑稽なほどの猛スピードで、あっという間に、ハインツは星空へと消えてしまう。
深い闇を越えて。雲を突きぬけて。恒星のまたたきと、巨大な月を横切って。大気の層をつらぬいて。
空にキラリと、星がひとつ増えた。
「ふう……」
行く手をはばんでいたふたりの男が峠の道からいなくなったのを、パンドラは額の汗をぬぐいつつ確信した。
〇
広間に浮かぶ、玻璃の鏡。
任意の場所を映し出す魔法の道具だ。それを玉座に座ってながめていた女は、ただひとり、夜道に残った魔族の少女に、目をぱちくりさせていた。
ハインツとインボリュートをユノたちの元へやった主だ。彼女は気づいていないが、玉座の間にいるほかの面々も、似たような顔をしていた。
きょとん。とか、ぽかん。とか。そんな感じの表情である。
インボリュートとハインツが子どもにしてやられたことに対して――というより。彼らが『地の底』と『宇宙の果て』に追いやられてしまったことに対しての反応だった。
名前を以て相手を制するとは彼らも知る技術であり、どこかにワープさせるというのは手段として常套だが、それにしたって、成層圏を越えた領域や、地核に行けと命じるなんてことはしない。
「え……」
玉座の女の声が、広間に響く。それはこの場にいるもの全員の感情を代弁していた。あんぐりと。彼女は言ったのだった。
「えぐいことするわ……」




