37:たちうち出来ない
〇前回のあらすじです。
『精霊の命令を受けたふたりの男が、ユノたちのもとに飛ぶ』
〇
山道から見おろすと、まっ暗な樹海からはもう灰色の筋が立ちのぼるばかりだった。
村の火事は鎮静化したらしい。
魔物になった相棒を討つべく残ったアドニスが、戦いに終止符を打ったのだろう。
勾配をのぼる途中で立ち止まり、ミースの方角を見つめる。
そんなユノを、パンドラは黙って待っていた。
人間に対して、パンドラはこれといった思い入れを持たない。蹂躙を受けたからとかそういうことではなく。極自然な感情のひとつとして、共感できる生き物としてとらえられないのだ。
ともあれ。ユノは恩人である。さすがに彼まで無碍にあつかうほど――わりと杜撰にしているかもしれないのだが――薄情ではない。
けれど。他の人に対しては……。
例えば。ミースに置いてきたアドニスという男。そして、それに襲いかかっていた、フレデリックと呼ばれた魔物(どうやらアドニスの親しい人が、あのグールのもともとらしい)。
彼らに対しては、なんの憐憫もなかった。
ようやくユノが前を見る。坂道をのぼる。
パンドラもまた歩いた。
「あのふたりが心配なの? ユノさん」
「どうだろう。アドニスさんなら、たぶん。どんなイヤなことでも、やらなきゃならない時はやるんだろうし」
「でも。気にはなってる?」
「そう。薄情かもしれないけど、ボクは肩の荷が下りた気がしたんだ。フレデリックさんの相手をしなくていいって、太鼓判を捺してもらった時」
「そんなものじゃないのかなあ」
ざっ。ざっ。
乾いた道を、足音を鳴らして進んでいく。
もうユノは、あとはパンドラにくっついて、精霊のもとまで行くだけだ。
しかも。そこで【箱】まで手に入れられると分かったのだから、寂然としたものである。
(ずるいよなあ)
目を閉じると、なぜだか笑みがこぼれた。自嘲の微笑み。
もしかすると、あの妖精の女も、微笑む時はいつもこんな気持ちだったのかもしれない。そんなワケはないのだろうけれど。
「ねえパンドラ。セレンさんのたのみできみが来たってことは、精霊も、ボクたちを追い返すような真似はしないってことだよね?」
少女の背中にユノは問いかける。
かつて。パペルの塔という、精霊縁のダンジョンにユノとパンドラはのぞんだ。そのころはまだ魔王のちからによって、精霊はこの世に不在になっていて、今時分になって彼らがもどってきたのは、巫女によって霊樹にちからの返還がされたことによる。
それはともかく。
塔で、ユノたちは妖精の世界との連絡路になっている、光の柱を守っていた守護者とあいまみえた。彼はダークエルフで、魔王麾下の者だったが……。
その他にも、塔には魔物たちが巣食っていた。
ここに来てユノが警戒しているのは、そうした経験にもとづく。
精霊の棲家に行けたとして、ビビアンのもとにたどりつくまでに、彼女の不在中に棲みついたモンスターたちが、襲いかかってくるのではないか。
あるいは。目覚めたばかりの精霊が、ユノたちを不審者として、排除しようとするのではないか。
「そういえば……」
つぶやいて、パンドラは止まった。
「でも。セレンは何も言ってはいなかった……。というより、言えなかった?」
「どういうこと?」
「妖精と精霊は、なんて言うのかな。『べつ』なの。ちがう種族が、それぞれの郷を管理しているという感じで……。セレンも、精霊の動向まではつかめていない。というか、つかめない」
「あの人にも分からないことがあるの?」
てっきり全てを見透かしていると思っていたユノである。
彼と似たような心境で、パンドラは首肯する。
「うん。人間くらいの思考回路ならともかく。精霊については、支配の条件がそろってないから。そりゃあ、人間であっても、セレンでは太刀打ちできない人もあるけどね」
「それって。どんな人なら……」
「うーん。エクスカリバーを作った人なんかは、そうじゃないかな」
(そっ……)
神聖なる剣。魔を断ち切る、神秘の宝剣を生み出した人物。魔女マーリン。彼女と面識のあるユノは、パンドラの返事におどろきかけたものの。
(そりゃあ。そうだよなあ)
自由奔放にすぎる、あの魔法使いの傲岸不遜な態度を思い出して、びっくりできなかった。




