34:ずっと
〇前回のあらすじです。
『魔物化した戦士の退治を手伝おうとするユノに、アドニスが、ユノ自身の目的を優先させる』
※視点がサブキャラクターのアドニスに移ります。
〇
ぼおんッ。
猿めいた魔物の首が飛んだ。
逆袈裟に放ったアドニスの一太刀が、フレデリックの鎧と帷子のすきまにのぞく肌を、みごと一閃したのだ。
それにしても。アドニスの装備しているブロード・ソードは両刃の剣だが、元は斬撃に特化していない。斬るよりは「叩き潰す」といった趣きの強いもので、魔物の硬い皮膚と骨を断ち切り、飛ばすのは、よほど戦い慣れた上級者にしかできない技だった。
現在のアドニスのレベルは五〇代半ば。左腕のバングルに、ほのかに沈む数字はそう告げていた。ならば剣技もそれなりのものだろうと、頷ける強さではある。
標的に組みつこうと勢いをつけていたグールの体――首から下が、余力で動いてアドニスに近づく。
振りあげられていた獣の手が、アドニスの胸に向かって降ろされた。
さながら縋りつくように。
……軽く右に足を動かして、アドニスは獣のからだを避けた。
数歩。まえにグールは進む。
減速して。こけて。倒れて。土の地面に血の水たまりを作る。
「やれやれだの」
年老いた声がして、アドニスは振り返った。
侍女のアリアに付き添われて、杖を支えにした老爺が、武装した男たちのあいだから出てきた。
何人かの村人たちは、すでに消火活動にあたっている。
なおも燃えつづける民家に、水の気術を使える者が、かたっぱしから大放水を浴びせている。
夜空には、赤い火の色に白い蒸気の帯が織り交ぜられていた。
このミースの村の騒動が、ひと段落しようとしている。
なら、老人――村長のエッダが「やれやれ」とひと心地ついた声を吐くのも、当然のことに思えた。
「……」
村長をアドニスは見た。ゆるく頭を振って。
「……すまなかったな。思ったより、手間どった」
「そんなもんじゃよ。仲がよかったのじゃろう?」
首から上のない死体を、エッダは尖った顎でしゃくった。アドニスは頷いた。
剣を振り、血と脂を刃から払う。それから――。
動くことができなかった。
大したケガはない。体力も充分。だが気力が、心が動かない。
広場の一画に、エッダは視線を転じた。
アドニスが魔物に決着をつけるより少しまえに、そこからふたりの旅人が、森に入っていっていた。
「彼らも行ったようだしの。……おおっ、そうじゃ。アドニスとやら。ぼおっとしておる暇はないぞ。おぬしがモタモタしておるあいだに、見てみい。あっちこっち火の海でな。みんなてんてこまいじゃ。手伝わんかい」
「あ? ああ……」
湿った目頭を揉んで、アドニスは頭をしゃっきりさせた。井戸水を汲んで「うわあ。フォンコットさんの家なくなっちまった」「そっちはもういいからっ。クローツェ、今度はこっちに水くれ!」とバケツリレーをしている人たちのところへ駆け足する。
剣の鞘はどこかに放ってしまったので、武器は村長のかたわらにいた少女に預けた。
柄に、血や手垢のこびりついたブロード・ソードを少女――アリアは両手に抱える。
「見た目よりずっと重いですね」
「ああ、」
静かにエッダはアリアにうなずいた。
太い眉の下の小さな眼で、化け物になった若者の死骸をながめたまま。
「ずっと重い」
(『第3話:やらない善』 END)
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