19:獲物
〇前回のあらすじです。
『ユノが罠にかかっていたウサギを逃がす』
我知らずユノが感傷に浸っていると、森のなかから人影があらわれた。
「あー!」
大声が飛んでくる。
たまげてユノはそちらを見た。
ちいさな男の子が茂みの奥にいる。葉を掻きわけて駆け出してくる。
「お、オレのわなが……っ!」
八才くらいの少年だった。
小麦色の髪を球児みたいに短くしている。額にはほそい三つ編みにしたバンドを巻いていて、どことなく『部族』的な外見だ。
彼は長そでの上にスモッフのような上着をつけていた。ふくらみのあるズボンを履いて、皮製のシューズで足を守っている。
手にたずさえているのは、狩猟用の木の弓。
「なんで。……って。ロープが切れてる!」
壊れたウサギ獲りを、あんぐりとくちを開けて子どもは検めた。
灰色のおさない瞳が、罠の近くにいたユノを睨む。
「おまえがはずしたのかッ。オレの獲物!」
「えーっと」
おべっか使うみたいにユノは笑って、ほおを掻いた。
(はぐらかせる……。かな?)
同年代であれば、話しをするのが苦手なユノである。
が。いま肩を怒らせているのは、自分のお腹ほどまでしか身長のない子ども。
正直。なめている。
言いわけをすれば、咎めを受けずに逃げられるだろうくらいには。
だが。ユノは項を掻いて言った。
……嘘はいつかバレるのだ。
「そう。ごめん。そこに捕まってたウサギ、ボクが逃がしちゃったんだ」
「もーおおおッ」
しっちゃかめっちゃかに男の子は地団駄踏んだ。
湿った土があっちこっちに跳ねる。
「ちくしょーっ。オレの獲物ッ。鳥がぼうずだったから、こっちだけが頼りだったのにッ。どーしてくれるんだよお!」
男の子のいきどおりは正しい。
トラップを仕掛けた『だれか』がいるなら、ウサギはそのだれかの糧になる。
それはユノもわかっていた。決して失念していたのではない。
わかっていて、それでも奪ったのだ。
両手を合わせて、ぺこぺこユノはあやまる。我ながら腰が低いなあと悲しくなりながら。
「ごめんね。ほんとうに悪かったよ。でも、ほっとけなかったんだ」
「うううう~」
ぶるぶる少年は全身を震わせた。歯噛みして、怒りのやり場に困っている。
子ども心に、ユノの心情を慮っているのだ。理性と憤慨の狭間で、彼はわなないている。
「どうした。テノン」
がさがさ。
草木を分けて、男の子――テノンというらしい――とは反対の方角から、もうひとりやって来た。男の子と同じ系統の、黄色い頭髪。
幅広のバンダナをセミショートの頭に巻いて、本来なら目もとを隠す長さの前髪を、鬣のように押し上げている。
彼の手には鉈状の剣があった。
もう片方の手には、鹿を引きずっている。
中背のユノより高い上背には、黒のながそでと毛皮のベスト。ズボンのうえから毛皮の腰巻をつけて、ベルトにナイフとスリングをたばさんでいた。
「あっ。バリトにいちゃん!」
少年――テノンは男を見つけるなりさけんだ。
「ねえ見てよこれッ。こいつがやったんだ!」
びしっ。とユノを指さしてテノンは訴える。
バリトと呼ばれた男は、実兄――なのだろう。
もう十年ほどテノンが成長したら、これくらいたくましい青年になるだろう風采をしていた。
(年の離れた兄弟だなあ)
ぼんやりユノは考えて……。
我にかえった。
男のほうを向きなおる。
「すッ。すみません。ここに捕まってたウサギ、ボク放しちゃって……」
「あちゃー。まあ。食う分には鹿があるからいいけど……。そりゃ悔しいわなあ」
額当ての上からバリトは自分の頭をたたいた。
ばたばたとテノンはうなずく。
「そーだよっ。ただ捕まえられなかったってだけならしょーがないけどさあ……。捕まえられてたのをおじゃんにされたんだもんな!」
「うう……」
自分の成果が他人のせいで台無しにされる。
悪意如何にかかわらず、それは相手に対する侮辱であり、耐えがたい苦痛をともなわせる。
猟師の男――バリトも、そこを難しがっているのだろう。
食べる分には困らないが、安易に許すのもどうか。
「とりあえず。テノンのことは保留にするとして。きみは旅人? どっから来たの」
話しが逸らされたことに、テノンは「えーっ!」と不満の声をあげたが、バリトは「保留っつったろ」とこの場では弟を黙らせる。
左腕のバングルを見せて、ユノはバリトの質問に答えた。
「はい。ボク、冒険者をしてて……。ユノって言います。探しものがあって、ミースの村に行きたいんです」
教会からの依頼で。というのをユノは伏せた。
こういう時にギルドの【腕輪】は便利だった。メルクリウス世界における、縁の下のちから持ちにして、各地にギルドという拠点をおく【冒険者】というメジャー職は、登録時に渡されるバングルを見せれば多くの場合、装着者の身分を保証する。
さすがに緊迫した情勢下での関所などでは、見せたところで追いかえされるのが関の山だが。『閉鎖的なだけ』の村や町であったなら、警戒を解くには充分の効果と信頼を発揮した。
興味深げに、バリトがユノの腕輪をのぞきこむ。
「ほー。冒険者か。あんま世話になったことないけど、まあ仕事で放浪してるってのはわかった」
「にいちゃーん。おなかへった」
薄っぺたいおなかをテノンがさする。
ぐお~と虚しい音がする。
ぎゃあぎゃあ。
森のあちこちから、鳥類が飛びたった。
釣果をゼロにされたテノンをまえに、その音と鳴き声が気まずくて、バリトは親指を森の先にやる。
「ついてきなよ、ユノ。村まで案内するからさ」
人の好いバリトの采配に、ユノは表情を明るくした。
お礼を言ってついていく。
「にいちゃーん。オレの獲物はあ?」
むすっ。とテノンがバリトに呼びかける。
横に駆け寄ってくる弟の背中をぽんぽんたたいて、バリトはなだめた。
「あとでな。なあに、ちゃんとおまえの気の済むようにするさ」
「ほんとかなあ」
疑う弟に笑いかけて、バリトはまえを歩いていった。
青年の歩幅はひろい。テノンはなかば駆け足になる。
(なにをさせられるんだろう)
はらはらしながら、ユノはテノンとバリトのうしろについていく。
兄弟は軽々と山道をのぼっていく。
ふたりにつづいていくと、梢の向こうに、木で柵をした小さな村が見えてきた。




