14:司祭
〇前回のあらすじです。
『おつかいの少女が、妖精のセレンとはなしをする』
〇
昼食後。広場にユノはもどってきた。
北口側に、大きな教会がある。
正面にたつガーゴイルの像が、凶悪なくちをあけていた。
重い扉を開けて、ユノはなかにはいる。
むわっ。と香を焚いた匂い。
側廊に参拝用の席があり、町の人たちが数人、手を組んで祈りを捧げていた。
祭壇のまえ。ステンドグラスを陽が透かして、擬人化した神像を煌めかせている。
そこにひとりの老人が立っていた。
司祭だ。
白い法衣に、丸い帽子をかぶった彼は、今は温厚な表情だった。
「ああ。司祭さま。ありがとうございます」
赤子を抱いた夫婦が頭をさげる。
「神のご加護のあらんことを」
十字を切り、司祭は赤子に手を振る。
すこし年配の夫婦の去ったあと、ユノはすすみ出た。ギルドの依頼書を持って、司祭に声をかける。
「あのー」
「おや。旅のかたですかな?」
教壇に、司祭はぶあつい教典を置いた。
広場で信者を煽動していた時とは打って変わって、なごやかな笑み。
「私はここ、エルドランで教区司祭をやっています。カイム=ロト・マールータと申します」
老司祭――マールータは、ユノに手を差し出した。
おそるおそる。ユノは握手する。
幾筋ものしわの刻まれたマールータの手は、思った通り。くちゃくちゃの感触がした。
あまり強く握りしめれば、折ってしまうのではないかと怖くなるほどに。
「こ、こんにちは。ボクはユノっていいます。旅をしていて――。そのう」
ここで「精霊の【ビビアン】をさがしています」とたずねようか。ユノは迷った。
が。司祭の質問が、そうした悩む時間を吹き消す。
「ん。ユノさん? 冒険者のかたですか。もしや――。王都での?」
手を握りしめたまま、マールータはユノの風采をながめた。
黒髪に黒目の少年。目つきは戦士らしく険しいが、どこかあまえた気配が染みついている。
獣皮のレザーベストに、鉄板を仕込んだすねあて。グリップに細かな傷の目立つ両刃の直剣といった装備は、歩兵タイプ――【軽剣士】にありがちな旅装。
鋼色の目を、マールータはすぼめた。
だらだらとユノは冷や汗をかく。
(きっとマールータ司祭は、王都ペンドラゴンでボクが処刑されそうになったことを言っているんだろうな)
それを追求――。
最悪。吊るしあげられてしまえば、ユノとしても相応の戦いは覚悟しなければならない。
生唾をのむ。
「はっはっは。話しは聞いております。我らが怨敵、ディアボロスを滅してくれた英雄さまだとか。いやあ。よくぞお出でくださった」
掴んだままの手を、マールータは快活に振るった。
「えっ」
すっとんきょうにユノは目をしばたかせる。
笑っていたマールータが握手を解く。
壇上にもどって、彼は友好的に訊いてきた。
「我が教会になにかご用ですかな。告白でも。懺悔でも。迷える子羊に道を示すのが、我が使命でありますゆえ」
ぽかーん。とユノはくちをあけてマールータの言葉を聞いていた。
はッとして、自分の片手にあるものを思い出す。
精霊ビビアンのことはあとまわしにする。
「あの。えーと。この依頼書について、くわしく聞きたくてきたんです。ギルドのひとにたずねても、探索については依頼人に直接ご確認くださいって言われて」
ゆっくりとマールータはユノから依頼書を受け取った。【パンドラの箱】を探すクエスト。
「そうですな。パンドラの箱というのは、この教典にも出てくる神具でして」
「その神具っていうのは……。神託の銅板とか、選定の剣とかと、同じようなものっていうことですか?」
「そうです。神がつくりだした、人間を救済する神秘の宝です」
大きく腕をひろげてマールータは熱弁した。
うーん。とユノは胸中うめき、ほおをかく。
ユノが挙げた【神具】は、いずれも【マーリン】という魔女がつくったものである。
そのことについては、どうにもあまり有名ではないらしい。
それでもユノがその『逸話』を知っているのは、最近まで共に旅をしていた【魔法使い】から聞いたからなのだが。
ぼんやりしているあいだも、マールータがつづける。
「このパンドラの箱という神具は、この世に真の平穏をもたらします。魔の眷属を滅ぼし、人間のなかから悪しき存在を排除する。そして永久の安寧を我々にあたえる『ひかり』が、箱の底には秘められているのです」
「ひかり?」
「そう。希望です」




