13:ギルドの依頼書
〇前回のあらすじです。
『旅の少女が、突然でてきた手にさらわれる』
〇
少女の出現した場所は、丘の道から離れていなかった。
地図上では、同地点でさえあるだろう。
ゆるい勾配に林立する、広葉樹の枝のうえ。
赤みがかった葉に隠れるように、彼女たちのすがたはあった。
自分のくちをふさぐ手を少女は払う。うしろを見る。
「だれっ。――って」
乱暴に問う。
刹那愚問だったと気づいて少女は黙った。
うろんな表情になって、相手をあらためる。
そこには予期したとおりの風采の女がいた。
「なによセレン。どうして邪魔するの?」
【妖精】の美姫に、少女は声をひそめた。
みどりの長髪に、みどりの目。
植物から生まれたような。衣装もふくめた『すべて』が自然の色に包まれた女性。
彼女――。妖精の族長に、少女はいくらか不平を伝える。
ぴらっ。
とセレンは少女の鼻先に、正方形の紙切れを突きつけた。
人間は彼女のことを――妖精をかなり警戒しているが、同じように『人外』である少女には、そこまでの敵愾心はなかった。
自分に危害をくわえることは、今のところは絶対にない。と言い切れるていどには。
びっくりしながらも、少女は紙に手をのばす。
「ちょっと厄介なことになって」
紙片を受け取る少女に、セレンはつづけた。
冒険者ギルドの依頼書だった。
まさか妖精が人間の事業に介入するわけはないから、盗んできたものだろう。
そう少女は合点した。
「そんな。厄介なって……。箱をユノさんに届けろって言ったのは、セレンなのに」
ぶつくさ言いながら、少女は人間が書いたクエスト内容を黙読する。依頼主は、エルドランの教会司祭とあった。
【教会】から迫害の対象になっている少女としては、あまりいい気分ではない。
もちろんセレンは、そのクエストを少女に「受けろ」と言うわけではない。
なにかあったことを伝えたいのだ。
こっそりとセレンが告げる。
「その『箱』を、人間たちもまた探しはじめたのよ。不用意に彼らの手に渡るような事態は、私としては避けたいというわけ」
手短な説明が終わるのと、少女がくちゃくちゃの依頼書から顔をあげたのは同時だった。
「じゃあ。どうするの」
「期を待ちましょう」
「いつまでよ。私、ずっと人間界にいなきゃいけないの?」
長いあいだ人々の世界に留まるのは、少女にとって、冗談ではなかった。少女は魔族の血を引いている。
今は、目のまえの妖精が作った薬で人のすがたを保っているが、『一定期間』という制限がついている。
そうでなくても、魔王がいなくなってから、人間は自分たちの種族のなかに【敵】を求めるようになった。
いつどこでその弾圧に巻きこまれるか。気が気ではない。
「そういう反応にもなるわよね」
亜麻色の髪の少女に、セレンは同情的に息をついた。少女は人間の商人に、市場へ売りに出されそうになった経験がある。
ただ。人々のまえにすがたを出したくないというのは、人間という種族の悪行を殊更に知るセレンもまた、同じだった。
「幸い、ユノさまは精霊さまのところへ行かれるようす。あなた。そこまで案内してあげなさい。箱はそのあとにでも」
「え~っ。セレンは? 私が働いているあいだ、なにしてるのよ」
ぷうっ。と頬をふくらまして、少女は反抗した。セレンばっかり安全地帯にいるのはずるい。
「竜のお守りでも。私の不在がつづくと暴れるから。ハルモニアさまは」
「ふう~ん」
「それとも、あなたが竜の狼藉を止めてくれるというのなら、変わってもいいのだけれど」
「遠慮しときまあす」
肩の高さに両手をあげて、少女は首をふった。
黄金の竜。ハルモニアの【ファイアブレス】は、へたをすれば一瞬で生きものを灰にする。
その点で言えば、フローラ王女がハルモニアの火をあびて生きているのは、なんだかんだで血族として認められているのかもしれない。
片手に持っていた霊樹の杖を、セレンは薙いだ。
空間に転移の穴を作る。
「じゃあ。しっかりねパンドラ。……気をつけて」
裂け目に身をすべりこませて、セレンは最後にそう言った。
「うん」
少女――パンドラは承知する。
空間が閉じて、妖精の女はいなくなった。
木の枝に、パンドラはひとり取りのこされる。
ひとまず、ここからどうやって降りるかを考えた。




