第9話 通行止めの先へは、戻れる準備をしてから行く
大学生の夏休みズルすぎる
翌日、江東第七ダンジョンの入口には、いつもより大きな掲示板が出ていた。
『B1西通路 一部閉鎖』
『床面崩落および下層空洞を確認』
『許可なき進入を禁止します』
私はその前で立ち止まる。
昨日、私が穴を見つけた通路だ。
朝倉さんもいた。管理局の人らしい作業員と、地図を見ながら何か話している。
「あ」
向こうも私に気づいた。
「真壁さん。今日は来ないほうがいいと言ったはずでは」
「昨日は、です。今日は……浅いところだけにします」
私はリュックを少し持ち上げた。
短槍。発煙筒。水。救急セット。
黄色いヘルメットは頭に被っている。
灰色のヘルメットは、今日もリュックの上のほうだ。
「閉鎖された通路には行きません。時間も三十分で戻ります」
朝倉さんは、すぐには返事をしなかった。
たぶん私が、本当に守るかを見ている。
「西通路以外にも、今日は立入制限が出る可能性があります。変な表示や異常を見たら、採取は中止してすぐに戻ること」
「はい」
「昨日みたいに、七百円の収入で終わっても?」
「穴に落ちるよりはいいです」
朝倉さんは少しだけ笑った。
「それなら、行ってらっしゃい。帰還報告も忘れずに」
「行ってきます」
◇
B1に入ってすぐ、《帰路設置》を使う。
白い扉が現れた。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
スマホのタイマーは、三十分。
昨日と同じ設定だ。
ただし今日は、壁際に一本だけ白いチョーク線を引いた。
扉のすぐ近く。
変な案内板に誘導されても、戻るべき場所を目で確認できるように。
「欲しい物より、帰る時間」
スマホのメモを見て、小さく読む。
それから、東通路へ進んだ。
西通路が閉鎖されたせいか、今日は探索者が少し多い。
二人組が前から歩いてきて、私の黄色いヘルメットを見る。
「学生?」
「一人で?」
聞こえたけど、返事はしなかった。
知らない人と一緒に潜らない。
それは、最初の講習で何度も言われたことだ。
相手もそれ以上は話しかけず、すれ違っていく。
通路が静かになってから、私は採取用の小さなナイフを出した。
壁の隙間に、鉄灰苔がまとまって生えている。
「今日はこれだけでもいいかも」
慎重に切り取る。
昨日より状態がいい。
袋に入れて、周囲を確認する。
そのとき、リュックの中で灰色のヘルメットが鳴った。
かちり。
私はすぐに取り出す。
『帰還導線 異常』
『接近注意』
「また?」
前方には、何もいない。
通路も普通だ。床も壁も、崩れそうには見えない。
でも、昨日も最初はそうだった。
私は短槍を構えたまま、ゆっくり後ろへ下がる。
通路の角。
暗がりの中から、小さな金属音がした。
からん。
次に、青い光。
床の上を、何かが這ってくる。
子犬くらいの大きさだった。
胴体は黒い金属の箱。
その上に、割れた案内板を一枚だけ背負っている。
細い脚は四本。
先端が磁石みたいに床へ吸い付いて、音を立てずに近づいてきた。
板の文字が点く。
『忘れ物』
私は動かない。
相手も止まる。
青い文字が消え、別の文字になる。
『回収する』
視線のようなものはない。
それでも、そいつが見ているのは灰色のヘルメットではなかった。
私の足元。
さっき採った鉄灰苔の袋だ。
「これは、私が採った物だけど」
『未登録』
黒い箱が、一歩だけ進む。
私は短槍の穂先を向けた。
「近づかないで」
『回収する』
箱が跳んだ。
「っ」
私は横へ避ける。
小さな体が、さっきまで私の靴があった場所へ落ちた。
速くはない。
でも、袋を奪うだけなら十分だった。
私は後ろへ下がりながら考える。
これは魔石を食べる魔物じゃない。
落ちている物を、持ち主のわからない物として回収する魔物。
だったら。
「これ、拾った物じゃない」
私は採取袋を持ち上げる。
「私の名前を登録する方法はある?」
答えはない。
箱が、また跳ぶ。
私は袋を背中側へ隠し、短槍を振った。
穂先が黒い箱の側面を叩く。
かん、と軽い音。
箱は床へ落ち、ひっくり返った。
案内板の文字が乱れる。
『回』
『収』
『――』
脚をばたつかせて、起き上がろうとしている。
私は追撃しなかった。
倒したいわけじゃない。
逃げられればいい。
リュックから、灰色のヘルメットを取り出す。
「これに、返却先登録ができたなら」
内側の印を、採取袋へ近づけた。
当然、何も起きないと思った。
けれど。
灰色のヘルメットの内側に、薄い文字が浮かぶ。
『携行品仮登録』
『真壁栞』
次の瞬間、袋の口元に白い三本階段の印が現れた。
すぐに消える。
黒い箱が、動きを止めた。
青い文字が変わる。
『返却先登録済み』
『回収不要』
「……そういうこと?」
箱は私ではなく、通路の隅へ向かった。
そこには、誰かが落としたらしい空のペットボトルが転がっている。
黒い脚で器用に掴み、暗がりへ消えていった。
私はしばらく、その方向を見ていた。
あれも、ダンジョンに残された物を回収する役目なのかもしれない。
危険な魔物ではあった。
でも、最初から私を傷つけるつもりだったわけじゃない。
「だからって、飛びついてくるのは危ないけど」
小さく言って、短槍を下ろす。
スマホを見る。
残り時間は二十二分。
採取は終わり。
今日は、もう帰る。
◇
白い扉の前へ戻ると、取っ手に触れる。
『帰還可能』
『残り時間:三十七分』
タイマーより余っている。
それでも私は、ためらわずに扉を開けた。
管理センターへ戻る。
朝倉さんに、鉄灰苔の袋と、さっきの白い印のことを見せた。
「これ、仮登録って表示されました」
「仮登録?」
朝倉さんは袋を端末で読み取った。
眉が上がる。
「本当ですね。採取物に探索者情報が紐づいています」
「そんな機能、あるんですか」
「現行の装備にはありません」
朝倉さんは灰色のヘルメットを見る。
その表情は驚いていた。
でも、怖がらせないようにしている顔だった。
「旧帰還支援班は、人だけでなく、持ち帰るべき物まで管理していたのかもしれません」
「持ち帰るべき物」
「はい。ただ――この機能を、ダンジョン内でむやみに試すのはやめてください。仮登録が何を意味するか、まだわかりません」
「わかりました」
今日の鉄灰苔は、昨日より少し多い。
査定額は千百円だった。
私は受け取った明細を見てから、リュックの灰色のヘルメットを見る。
父さんの物は、帰る道を教える。
帰る時間を少しだけ延ばす。
そして、持ち帰るべき物を、置いていかないようにする。
だったら。
私も、ダンジョンで見つけたものを、ちゃんと選ばなければならない。
何でも拾う探索者にはならない。
何を持ち帰るかを決めて、帰る探索者になる。
それがたぶん、今の私にできるいちばん安全な攻略だった。
ポケモンバトルって奥深いですよね
種族値とか覚えてられないけど
楽しいです




