第10話 仮登録は、持ち帰れる量だけにする
割り込み投稿?って言うのが難しい
昨日の鉄灰苔は、管理センターで預かりになった。
普通の採取物なら、査定を受けて終わりだ。
でも私が採った袋には、灰色のヘルメットによる《携行品仮登録》が残っていたらしい。
翌日の放課後、私はまた装備窓口に呼ばれていた。
「お待たせしました、真壁さん」
朝倉さんが、透明なケースをカウンターへ置く。
中に入っているのは、昨日の採取袋だった。
「解析は終わったんですか」
「はい。結論から言うと、危険な呪いとかではありません」
少し安心した。
ダンジョンの物に触れておいて、そういう心配をしないほど慣れてはいない。
「旧・帰還支援班の装備には、帰還者の携行品を記録する機能がありました。避難の途中で荷物を落とした人がいた場合、誰の物か確認して、地上まで運ぶための仕組みです」
「私が鉄灰苔を持ったら、勝手に使えたのは?」
「おそらくヘルメットが、真壁さんを一時的な帰還支援員として認識したからです」
朝倉さんが端末を操作する。
画面に、昨日は見えなかった注意書きが出た。
『携行品仮登録』
『登録可能数:三件』
『登録物は、帰還時まで搬送優先対象となる』
『登録者が帰還不能となった場合、登録は解除される』
「三件」
「はい。ただ、むやみに三件まで使う物ではありません」
朝倉さんの声が、少しだけ硬くなる。
「仮登録すると、ダンジョン内の回収系の魔物や設備から、その品を“持ち帰るべき物”として扱われます。昨日の鉄灰苔は軽かったから問題になりませんでしたが」
「大きい物や、壊れやすい物を登録したら」
「真壁さんが運び続けることになります。途中で置けば、また回収対象です。しかも、登録者本人が帰還するまで解除されません」
私はケースの中の袋を見る。
千百円分の鉄灰苔。
これを持って帰るだけなら、たしかに困らなかった。
でも、重たい工具箱とか。
知らない人のリュックとか。
そんな物を三つ抱えて、魔物から逃げることになったら。
「……便利だけど、危ないですね」
「便利な帰還支援装備は、だいたい使い方を間違えると危ないんです」
朝倉さんは苦笑した。
「《帰還猶予札》もそうでしょう?」
「はい」
帰る時間を三分増やせる。
でも、三分あればもう一部屋見られる、と思ったら危ない。
持ち帰れる物を三つ登録できる。
でも、三つまで登録できるからといって、三つ運べるとは限らない。
「登録を試すなら、自分で持てて、途中で捨てる必要がない物だけ。まずは一件までにしてください」
「わかりました。一件でも、必要なときだけにします」
灰色のヘルメットは、カウンターの横に置いてある。
内側の三本階段の印が、今日は静かだった。
◇
講習を受けたあと、私はB1へ入った。
西通路は、まだ閉鎖中。
今日は東通路の手前だけを歩く。
《帰路設置》を使う。
白い扉が、いつもの壁際に現れた。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
スマホのタイマーは三十分。
装備の確認。
短槍。
発煙筒。
水。
救急セット。
黄色いヘルメット。
灰色のヘルメット。
それから空の採取袋。
「欲しい物より、帰る時間」
メモを読んで、歩き出す。
今日は、石灰キノコがよく見つかった。
壁の隙間から二個。
少し先で三個。
小さくて、傷んでいない物だけを選ぶ。
採取袋が半分くらい埋まったところで、通路の床に青いものを見つけた。
小さなカードケースだ。
透明なケースの中に、初心者探索者証が入っている。
写真のない簡易証。
名前は見えないよう、裏返しになっていた。
「落とし物……」
周囲を見る。
誰もいない。
通路の先から足音もしない。
そのままにしておけば、昨日の黒い回収箱が持っていくかもしれない。
けれど、それまでに別の誰かが拾うかもしれない。
ダンジョンの中では、身分証をなくすだけでも面倒だ。
私は灰色のヘルメットを取り出した。
「一件だけ」
ケースへ近づける。
内側に文字が浮かぶ。
『携行品仮登録』
『対象:探索者証ケース 一件』
『返却先:江東第七管理センター』
「……持ち主じゃなくて、センターに返すこともできるんだ」
カードケースの端に、白い三本階段の印が浮かぶ。
すぐに消えた。
私はそれを、採取袋とは別の内ポケットへ入れた。
重さは、ほとんどない。
でも。
これはもう、途中で置いて帰る物じゃない。
そのことを意識した途端、手の中の薄いカードケースが少しだけ重く感じた。
◇
戻る途中で、金属音がした。
からん。
通路の隅から、黒い箱の魔物が現れる。
昨日と同じ、子犬くらいの大きさ。
割れた案内板を背負い、四本の細い脚で床を歩いてくる。
私は短槍を構えた。
黒い箱の上で、青い文字が点く。
『忘れ物』
魔物は、私の内ポケットを見ていた。
昨日の鉄灰苔のときと同じだ。
でも今回は、すぐに文字が変わった。
『返却先登録済み』
『回収不要』
黒い箱は、一度だけ首のない体を傾けた。
それから通路の隅に落ちていた、空の栄養ドリンクの缶を拾い上げる。
缶を脚で抱えたまま、暗がりへ消えていった。
「ちゃんと登録した物なら、奪わないんだ」
少しだけ、仕組みがわかった気がする。
あれは奪う魔物ではない。
帰る場所のない物を、回収しようとする魔物だ。
ただ、近づき方がかなり乱暴なだけで。
スマホを見る。
タイマーは残り十二分。
採取は終わり。
私は来た道を引き返した。
◇
白い扉の前に着いたとき、《帰路設置》の残り時間は三十八分だった。
余裕はある。
でも、登録した探索者証を持っている。
今日はもう、遠回りをする理由がない。
私は扉を開いた。
白い光を抜ける。
管理センターの休憩スペースに戻って、すぐ窓口へ向かった。
「落とし物を見つけました。仮登録して持って帰りました」
朝倉さんへカードケースを渡す。
端末で読み取ると、画面に持ち主の名前が表示されたらしい。
「ああ、今朝、紛失届が出ていた物です」
「持ち主、困ってましたか」
「初心者の方で。入場できなくなって、かなり焦っていました」
朝倉さんが私を見る。
「助かりました。これは、正しい使い方です」
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
魔石でも、キノコでもない。
でも、持って帰れてよかった。
「ただ、今日の探索はそれで終わりです。仮登録中に何かあったら、すぐ戻る。これも守れましたね」
「はい。途中で、もう一つ何か探そうかなって少し思ったんですけど」
「思っただけで、戻れた」
「戻れました」
それでいい。
今日の収入は、石灰キノコ五個分。
たぶん、千円ちょっと。
でも帰る途中で拾ったカードケースは、その額よりずっと大きい物だった気がする。
灰色のヘルメットをリュックへ戻す。
父さんはきっと、こういう小さな物も持ち帰っていた。
誰かの大事な物。
誰かが帰るときに、置いていってしまった物。
だから私は、少しだけわかる。
帰ることは、自分だけが扉を通ることじゃない。
自分が持ち帰ると決めた物まで、ちゃんと地上へ連れて帰ることだ。
ただし。
持ち帰れる量だけ。
次に潜るときも、その順番を忘れないようにしようと思った。
皆さんのオススメの銘柄を教えて下さい。
あ、株です




