第3話 返されたヘルメットは、少しだけ硬い
しおりんの容姿について、趣味全開にする前にプロンプト作っちゃったので
しおりんの容姿は私の好みではないかもしれません。
『まかべ しおり』
黄色いヘルメットのネームシールを見た瞬間、私は自分の頬の傷が痛むのも忘れた。
「……私のだ」
間違えようがない。
ひらがなで書かれた名字も、少し右上がりになる「り」の癖も、十歳の私の字だった。
小学四年生のとき、学校の避難訓練で使ったものだ。
江東第七ダンジョンが、まだ「江東区地下異常区域」と呼ばれていたころ。近くの小学校は、入口周辺で定期的に避難訓練をしていた。
その帰り、私はヘルメットをなくした。
先生には怒られたし、母には「名前があるなら戻ってくるかもね」と笑われた。
戻ってきたのは、八年後だった。
「……長すぎない?」
棚の最上段へ手を伸ばす。
黒い保管係の手が、私の横を這った。
また手数料を取られるのかと思ったけれど、黒い指はヘルメットを指してから、ゆっくり扉のほうを指した。
持っていけ、ということらしい。
「いいの?」
返事はない。
ただ、指に刺さった鍵のひとつが、かちりと鳴った。
私はヘルメットを取った。
軽いはずだった。
けれど、両手に乗せたそれは、妙にずっしりしていた。外見は子ども用の黄色い防災ヘルメットのままなのに、表面を叩くと、こん、と金属みたいな音がする。
側面には、見覚えのない小さな印が浮かんでいた。
丸の中に、階段のような三本線。
そして、目の前に白い文字が出た。
『返却完了:保管品は、持ち主の安全を優先します』
「安全を優先……?」
意味はわからない。
でも、帰路の残り時間はもう九分だった。
わからないことは、帰ってから考える。
私はヘルメットをリュックへ突っ込み、赤いポーチと認証札を確かめてから、保管庫を飛び出した。
青い案内板は消えていた。
あるのは、薄暗い通路だけ。
「あっち……」
白い扉の方向へ走り出して、すぐに足を止めた。
来た道の壁が、増えている。
正確には、壁ではない。
コンクリート色の、大きな塊。
通路を塞ぐように、四角い何かが積み上がっていた。近づくと、それは動いた。
積み上がっていたのは、古いロッカーだった。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
錆びた扉をがたがた鳴らしながら、ロッカーの塊がこちらへ向き直る。
「うそ。帰るときに出るタイプ?」
ダンジョンは、ときどきこういう意地悪をする。
来るときにはなかった障害物が、帰るときだけ出る。
安全講習では「環境変化への対応」と呼ばれていた。探索者の間では、もっとわかりやすく「帰宅妨害」と呼ばれている。
ロッカーの扉が開いた。
中には、白い歯が並んでいた。
「うわ、ロッカーなのに噛むの!?」
塊が突進してくる。
私は横へ跳び、短槍を突き出した。
穂先はロッカーの隙間に刺さった。でも、止まらない。
引き抜こうとして、槍ごと持っていかれる。
「それ、私の!」
ロッカーは槍を刺したまま壁へぶつかった。
金属扉が大きく開く。
私は発煙筒を使うか迷った。
残りは一本。さっきのグラスラットで役立ったけれど、狭い通路で焚けば、自分も見えなくなる。
道標糸の瓶を使う手もある。
でも、百メートル以内の帰路を示すだけ。障害物を消してくれるわけではない。
私はリュックを下ろした。
黄色いヘルメットが、覗いている。
「……安全を優先するって、どういう意味?」
答える代わりに、ヘルメットの側面の印が光った。
ロッカーが、またこちらへ跳ねた。
考える時間はない。
私はヘルメットを被った。
ぶかぶかだった。
額まで落ちてきて、視界の上半分が黄色い。
「これで頭だけ守れても――」
ロッカーがぶつかる。
反射的に両腕で頭を庇った。
ごん、と鈍い音。
衝撃は来た。
でも、飛ばされなかった。
ヘルメットの縁から、薄い半透明の板が一瞬だけ広がって、ロッカーを押し返していた。
「えっ」
ロッカーは勢いを失い、床を滑って止まった。
今だ。
私は壁際へ走り、突き刺さった短槍を引き抜く。ロッカーが立ち直る前に、開いた扉の中へ穂先を突っ込んだ。
歯の奥。
奥には、黒い小石みたいな核があった。
「そこ!」
槍を押し込む。
鈍い手応え。
ロッカーの塊は、ばらばらの金属板になって崩れた。
残ったのは、黒い魔石ひとつと、錆びた鍵が三本。
「鍵……売れるかな」
拾ってから、私は走った。
白い扉は、まだ通路の奥に立っていた。
残り二分。
私は扉へ飛び込み、管理センターの休憩スペースの床に転がり出た。
背後で、白い扉が紙みたいに薄くなって消える。
間に合った。
「……ただいま」
誰もいない休憩スペースで、私は仰向けになった。
被ったままの黄色いヘルメットが、また少しずり落ちる。
格好悪い。
でも、今日の私を一回だけ助けた。
だから、しばらくは持っていようと思う。
そのあと、認証札と赤いポーチを窓口へ届けた。
受付のお姉さんは、飯島紗夜さんの名前を見るなり、目を丸くした。
「これを、どこで?」
「B2の、落とし物保管庫です」
「……その区画は、記録にありません」
私は黙った。
記録にない場所は、今日だけでも二つ目だ。
けれどお姉さんは困ったように笑って、ポーチを受け取った。
「確認します。拾得の申告、ありがとうございました」
もらえた受付票には、報奨金の欄があった。
金額は未定。
でも、少し期待していいらしい。
私はリュックを背負い直し、出口へ向かった。
帰りにスーパーで卵を買う。
今日は石灰キノコの損失を取り返せなかったけれど、魔石は二個になった。
それに――。
黄色いヘルメットの内側に、さっきまでなかった小さな文字が浮かんでいた。
『衝撃遮断:一日一回。使用後は、次の帰還まで再使用不可』
「帰還まで、か」
私はヘルメットを軽く叩いた。
次に潜るときは、ぶかぶかのこれを被っていこう。
少なくとも、噛むロッカーよりは頼りになる。
ブクマと評価、コメントお願いします。




