第2話 名前を呼ばれたものだけ
今思ったんですけど
自我を出せるのここだけなのまじキメェっす
うちのしおりんを見ていって下さい。
「持ち主の名前を呼んでから、お入りください」
青い案内板を見上げたまま、私は立ち止まった。
落とし物保管庫。
響きだけなら、すごく良い。財布とか腕時計とか、もしかしたら未使用の回復薬が落ちているかもしれない。
でも、持ち主の名前なんて知らない。
「……『落とし物』の持ち主、では駄目ですか」
当然、何も起きなかった。
青い矢印の先には、コンクリートの壁しかない。扉の輪郭すらない。
私は腕時計を見る。
《帰路設置》の残り時間は二十一分。
未踏区画に入るときは、帰路の残り時間が三十分以上ある状態を推奨。探索者登録の安全講習で、講師のおじさんが何度も言っていた。
二十一分は、推奨の外だ。
「帰ろうかなあ……」
言ったのに、足は動かなかった。
こういう案内板が出る場所は、だいたいダンジョンの“小部屋”だ。魔物が少ない代わりに、素材や宝箱が出やすい。
今日はグラスラットにキノコを食べられた。
六百円分。
夕飯を卵かけご飯に戻すほどではないけれど、できれば取り返したい。
私は壁の周りを調べた。
案内板の下、壁際には細い隙間がある。しゃがみ込んで覗くと、灰色の埃に混じって何かが挟まっていた。
銀色の、小さな金属板。
引っ張り出す。
探索者用の認証札だった。
表面には、顔写真と氏名。それから、交付年度。
写真の女の子は私より少し年上に見える。髪を後ろでまとめて、ぶすっとした顔でカメラを睨んでいた。
名前は――飯島紗夜。
「飯島、紗夜さん」
口にした瞬間。
壁が、音もなく割れた。
コンクリートの奥から、木製の扉がせり出してくる。古い学校の保健室みたいな、白いペンキの扉。
取っ手の横に、赤い文字が浮かんだ。
『本人以外の入室を許可します』
「いいんだ」
だったら最初からそう書いてほしい。
私は認証札をポーチへ入れ、扉を押した。
中は狭かった。
六畳くらいの部屋。壁一面に、木の棚が並んでいる。
棚には、いろいろな物が置かれていた。
片方だけの登山靴。
ひび割れたスマホ。
柄の折れた斧。
使いかけのポーション瓶。
一番上の棚には、子ども用らしい黄色いヘルメットまである。
「本当に落とし物だ」
思わず声が出た。
けれど、変だった。
ダンジョン内で落とし物をしても、普通は誰かが拾うか、消える。物だけが延々と残ることはない。
そのうえ、棚にある物の大半は、入口の管理センターへ届ければ持ち主に返せそうなものだった。
ここは、ダンジョンが勝手に集めた保管庫なのだろうか。
私は手を出しかけて、止めた。
拾得物の持ち出しは、原則として管理局へ申告。
これも講習で聞いた。
もちろん、黙って売る探索者がいることも知っている。でも私は、探索許可の更新で減点されるのは嫌だ。さっきグラスラットを入口側へ逃がしかけたばかりだし。
その代わり、棚の奥をよく見る。
飯島紗夜さんの認証札があったのだから、彼女の物もあるはずだ。
見つけた。
一番下の棚。
黒いリュックの横に、赤い布製のポーチが置かれている。ポーチの持ち手には、小さなネームタグ。
『Iijima Saya』
「これかな」
ポーチを持ち上げた。
その途端、部屋の明かりが消えた。
「え」
棚が、がたん、と鳴る。
次に聞こえたのは、床を擦る音だった。
暗闇の中を、何かが歩いている。
一歩。
二歩。
すぐ目の前。
私は反射でスマホのライトを点けた。
白い光の中に、いた。
人の背丈ほどある、黒い手。
手首から先だけが床を這っている。指は五本。けれど関節が多すぎて、虫みたいに折れ曲がっていた。
爪の先には、何本もの鍵が刺さっている。
「保管係……?」
名前は勝手につけた。
黒い手は、私ではなく、私の手の中の赤いポーチへ指を伸ばした。
返せ、と言っている。
たぶん。
私はポーチを抱え直した。
「管理センターに届けるから。返すよ」
黒い手が止まった。
スマホのライトが、ちかちかと明滅する。
返事の代わりに、指の一本が棚を指した。
そこには、透明な小瓶があった。
中身は水ではない。
白い糸が、くるくると渦を巻いている。
瓶の下には、見慣れない札が置かれていた。
『返却手数料』
「えっ。手数料取るの?」
黒い手は動かない。
どうやら、払わないと出られないらしい。
私はポケットを探った。
現金は千二百円。ダンジョンでは使えない。
石灰キノコは、二個かじられて価値が下がったものを含めて七個。
それから、グラスラットの魔石が一個。
「これで……どう?」
魔石を床へ置く。
黒い手が、爪先で拾った。
数秒。
指が、ゆっくり左右に振られた。
足りない。
「ですよね」
石灰キノコを二個出す。
これで六百円ほど。
黒い手はまた首――手首を傾げるように止まり、最後に一本の指を立てた。
一個。
「魔石一個と、キノコ二個で?」
指が頷くように曲がった。
高い。
でも、赤いポーチを戻せば、拾得報奨金が出るかもしれない。認証札と一緒なら、持ち主も探しやすい。
私は頷いた。
「払います」
黒い手が魔石とキノコを、指の間へ吸い込ませた。
同時に、棚の透明な小瓶が、ころんと床へ落ちた。
拾う。
瓶の表面には、細い文字が浮かんでいた。
『道標糸――設置地点から百メートル以内の帰路を、一度だけ示す』
「……これ、私向きじゃない?」
地図の苦手な私には、とても。
黒い手はもうこちらを見ていなかった。
代わりに、入ってきた扉が開く。
私は赤いポーチと認証札をポーチにしまい、小瓶を強く握った。
帰路の残り時間は、十三分。
急げば間に合う。
けれど、扉を出る直前。
棚の最上段に置かれた黄色いヘルメットが、かすかに光った。
ネームシールには、子どもの字で名前が書かれている。
『まかべ しおり』
私は、自分の手にある白い糸の瓶を見下ろした。
ダンジョンは、私の落とし物まで預かっていたらしい。
AIって金かかるんですよ
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返信は自我出せるので!!!




