第29話 通風板の横を渡る
こんにちばんわ!!
固定輪が取り付けられたのは、四日後だった。
案内板には、新しい札が掛かっている。
『第二通路内・第二固定輪 設置済み』
『壁沿い安全帯 通行可能』
『通風板への接触禁止』
「安全帯って、どこですか」
栞が聞くと、担当者は更新された図面を見せた。
「通風板の左側に、細い足場があります。幅は十センチほど。黄色線の内側だけを使ってください」
「十センチ……」
「片足ずつ置けます。耐風索は第一固定輪から第二固定輪へ掛け替え可能です」
栞は図面の線を目で追った。
通風板の上を渡るのではない。
板が開く場所を避け、壁と板の間に残った細い縁を進む。
安全帯と呼ばれているが、落ちれば終わる場所には変わりない。
栞は予定を書いた。
『第一固定輪から第二固定輪まで』
『黄色線の内側だけ』
『第二固定輪で一度止まる』
タイマーは二十五分にした。
白い扉をB1北側の階段脇へ置く。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
B2へ降り、外周東側へ向かう。
第一固定点で耐風索を留め、案内索を通して第二固定点へ渡る。風待ち棚を抜け、灰色の扉を開ける。
第一曲がり角までは、前回と同じだった。
右壁の第一固定輪へ耐風索を掛け替える。
その先には、黄色い線が引かれていた。
線の内側に、幅の細い金属の縁が続いている。
栞は片足を置いた。
靴底の半分しか乗らない。
それでも、床板の上ではなかった。
横から風が来る。
腰を壁側へ寄せ、壁の取っ手を一つずつ使う。耐風索は背中側へ伸び、通風板の前でたるんでいる。
板が開けば、風は下から来る。
だから、板の端へ近づかない。
六歩進んだところで、表示が変わった。
『風向切替 あと十秒』
栞はその場でしゃがむ。
板が開き、下から風が噴き上がった。
安全帯の金属縁が震える。
耐風索が張った。
栞は片手で取っ手を握り、もう片方の手で壁を押さえる。足は動かさない。
風が止まるまで、十秒。
止まったあと、栞は残りの三歩を進んだ。
壁の右側に、銀色の輪が見えた。
第二通路内の第二固定輪だ。
栞はその場で止まり、クリップを掛け替えた。
腰に掛かる索が、短くなる。
第一固定輪から第二固定輪までの安全帯が、帰還経路になった。
栞は固定輪の先を照らした。
通風板は終わっている。
その先には、壁際に浅い棚が続いていた。棚の奥には、青白い石が二つ並んでいる。
風冷石だった。
ただし、棚の床には細いひびが走っている。
栞は取りに行かなかった。
第二固定輪へ着いたことだけで、今日の目的は終わっている。
タイマーを見ると、残りは十三分だった。
栞は来た道を戻り、第一固定輪で耐風索を掛け直した。通風板が閉じている時間を選び、安全帯を一歩ずつ戻る。
風待ち棚を出て、第二固定点、案内索、第一固定点の順に進む。
白い扉をくぐったとき、表示は四十三分だった。
地上で報告すると、担当者は風冷石の写真を確認した。
「棚の石は、次回の回収候補ですね」
「床にひびがあったので、取りに行きませんでした」
「それで大丈夫です。新しい係留点へ到着したことが、今回の成果です」
栞は地図へ書き足した。
『第二固定輪まで到着』
『風冷石 二個確認。未回収』
通風板の横は、渡れた。
けれど、渡れたからといって、棚まで行っていいわけではない。
帰るための輪が増えたなら、次は足場のひびを確認する番だった。
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