第22話 索を結んで、一歩だけ進む
こんにちばんわ!!
耐風索を買った次の日、私は管理センターの装備確認台に立っていた。
黒い帯を腰へ巻く。
金具を、壁に固定された見本の手すりへ留める。
かちり。
「外すときは、必ず手すりを掴んでから」
朝倉さんが言った。
「次の金具を留めてから、前の金具を外す」
「先に外さない」
「はい。片方が必ず繋がったままにします」
耐風索は、風に耐えるための道具じゃない。
手すりと自分の間を、切らないための道具だ。
B2の地図には、今までなかった点線が増えていた。
『外周東側 耐風索推奨』
緑の線のすぐ横に、黄色い小さな印が並んでいる。
索を留める場所らしい。
「今日は、この一つ目の印までです」
朝倉さんが地図を指す。
「印を一つ使って、戻る」
「二つ目へは行きません」
「それでお願いします」
私は予定を書いた。
『B2外周東側・一つ目の固定点まで』
『三十分』
『送風を一回受けたら戻る』
◇
B1北側の通常階段脇に、白い扉を置く。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
スマホのタイマーを三十分にする。
B2へ下りる。
風抜けの外周を、東側へ進む。
最初の固定点は、壁際の太い手すりに付いていた。
黄色い金具が一つ。
私は手すりを掴み、耐風索の先を留める。
かちり。
軽く腰を引く。
外れない。
それから、固定点の先へ進んだ。
手すりは、途中で少しだけ途切れている。
その向こうに、次の手すりと二つ目の固定点が見える。
距離は、五歩くらい。
走ればすぐだ。
でも私は、手すりが途切れる手前で止まった。
今日の目的は、一つ目の固定点まで。
その先は、地図に線があっても、次の日の場所だ。
私は横を見た。
格子溝の向こう、風が流れる中央に、小さな棚のような張り出しがある。
壁に白い文字が見えた。
『風待ち棚』
棚の上には、風冷石より少し濃い青色の石がいくつか落ちている。
たぶん、あれが外周の先で採れる物なんだろう。
でも、今日は行かない。
私は固定点の前で、送風開始を待つ。
案内板を見る。
『送風開始 あと二分』
手すりを掴む。
腰の耐風索は、少したるんでいる。
風が来たら、引かれる。
そのとき、手すりも離さない。
ごう、と風が来た。
いつもの送風より、少しだけ強い。
足元の小石が流れ、採取袋が横へ引っ張られる。
私は手すりを握り直した。
片足の裏が、床の細かい砂で少し滑る。
「っ」
体が半歩だけ外側へ引かれた。
腰の索が張る。
ぐっと止まる。
私はすぐに、手すりへ体を寄せた。
耐風索があるから、手すりを離していいわけじゃない。
離さなかったから、半歩で止まれた。
風が止むまで、動かない。
案内板が『送風停止中』に変わっても、すぐには動かなかった。
足元を見て、靴底の砂を払う。
腰の金具を確認する。
傷はない。
でも今日は、この先へ行かない。
私は固定点から金具を外し、来た道を戻った。
◇
B1へ上がり、白い扉の前まで戻る。
『帰還可能』
『残り時間:四十五分』
スマホのタイマーは、残り十六分。
予定より早い。
でも、耐風索が一度張った。
新しい道具を使った日は、それだけで十分だ。
私は扉を開けた。
◇
「索は外れませんでしたか」
朝倉さんが、耐風索の金具を確認する。
「大丈夫でした。でも、床の砂で少し滑りました」
「そこで手すりを掴んでいた?」
「掴んでいました」
「なら、使い方は合っています」
朝倉さんは、金具を一度引いてから返してくれた。
「風待ち棚は見えましたか」
「見えました。でも、行きませんでした」
「次の固定点までの移動を確認してからです」
「はい」
今日の採取物は、なかった。
買取の明細もない。
それでも、私は耐風索をリュックへしまう。
買った物が、帰るときに役に立った。
それは、風冷石より少しだけ嬉しかった。
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