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帰還だけが取り柄の女子高生、ダンジョンで稼ぐ  作者: 愚者さま


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20/31

第20話 風の止む場所で、戦わない

こんにちばんわ!!


 B2へ入る前に、私は入口の案内板をしばらく見ていた。


『B2第一区画 風抜け』


『送風周期:おおむね四〜七分』


『開始表示後、壁際手すりへ退避』


 前回は、送風を一度見ただけで戻った。


 今日は、送風が来るまでの時間も、少しだけ見てから帰るつもりだった。


「三十分。最初の部屋の外周だけです」


 受付で、朝倉さんに伝える。


「送風が一回終わったら、採取量に関係なく戻ります」


「いいと思います」


 朝倉さんは、B2の地図を指した。


「中央の格子溝には入らない。壁の風穴の正面にも立たない。風が止まっている時間ほど、油断しやすいので」


「止まっているから、次が来るんですよね」


「その通りです」


 私は頷いた。


 B1なら、静かな通路は安全なことが多かった。


 でもB2の静かさは、風が来る前の静かさかもしれない。


     ◇


 B1北側の通常階段脇に、白い扉を置く。


『帰還可能』


『残り時間:五十九分』


 スマホのタイマーは三十分。


 階段を下り、B2第一区画へ入った。


 今日は、風が止まっている。


 壁の穴からは、かすかな冷気だけが流れていた。


 私は手すりの位置を確認しながら、外周を歩く。


 一つ目の風冷石。


 壁際。


 二つ目。


 格子溝から遠い場所。


 三つ目。


 手すりのすぐそば。


 採取袋に三個入れてから、私は一度手を止めた。


 周りを見て、壁の表示を見る。


『送風停止中』


 前回と同じ文字。


 でも今日は、あと何分で変わるかを待つ。


 手すりから二歩離れた場所に、風冷石が一個落ちていた。


 薄い水色で、傷もない。


 拾ってもいい場所だ。


 私はしゃがみ込んだ。


 そのとき、格子溝の中で金属が擦れる音がした。


 しゃり。


 私は、石に触れる前に手を止める。


 格子の隙間から、細い脚が一本出てきた。


 次に、銀色の平たい体。


 手のひらくらいの虫が、溝の中から這い出してくる。


 羽は薄い金属板みたいで、動くたびに小さく鳴った。


 初心者講習の冊子に、似た写真があった。


「風針虫」


 風の通る場所にいる、小型の魔物。


 追いかけて倒す必要はない。


 でも、近づきすぎると、薄い羽で手や顔を切る。


 私は立ち上がり、短槍を構えた。


 風針虫は、格子の縁へ登る。


 逃げるなら、手すりのほうへ下がればいい。


 でも、その前に虫が跳んだ。


 銀色の体が、採取袋へ向かってくる。


「っ」


 私は半歩横へずれ、短槍の柄を前へ出した。


 虫は柄に当たり、床へ落ちる。


 穂先は使わない。


 倒すためじゃない。


 近づかせないためだ。


 風針虫はすぐに起き上がり、もう一度だけ羽を鳴らした。


 しゃり、しゃり。


 私は後ろへ下がる。


 手すりまで、あと三歩。


 そのとき、案内板が鳴った。


 かん。


『送風開始 あと十秒』


 風針虫も、その表示を見たように、格子のほうへ向きを変える。


 私は手すりを掴んだ。


 虫から目を離さない。


 風が来る。


 ごう、と壁の穴が唸った。


 格子溝の上を、冷たい風が走る。


 風針虫は羽を開いた。


 飛ぼうとしたのかもしれない。


 でも、風は虫の体を持ち上げ、そのまま部屋の奥へ流していった。


 銀色の羽が、暗い格子の向こうへ消える。


 私は手すりを握ったまま、息を吐いた。


 戦わなくて済んだ。


 送風が止まるまで、動かない。


 採取袋に入れた三個も、拾いかけた一個も、もう気にしない。


 案内板が『送風停止中』へ戻ったとき、私はすぐに階段へ向かった。


 スマホを見る。


 タイマーは残り十四分。


 今日の予定は、もう終わり。


     ◇


 B1へ上がり、白い扉の前まで戻る。


『帰還可能』


『残り時間:四十三分』


 タイマーは、残り十四分。


 最初に決めた三十分を、半分以上残していた。


 それでも、私は扉を開けた。


     ◇


「風針虫に会いました」


 管理センターで言うと、朝倉さんがすぐに端末を開いた。


「距離は」


「格子溝の近くです。短槍の柄で一回だけ離して、送風中は手すりに掴まっていました」


「怪我はありませんか」


「ありません」


「それなら、対応として問題ありません」


 朝倉さんは、風冷石を数える。


 三個。


「倒さなくてよかったんですか」


「風針虫は、格子溝から離れれば追ってこないことが多いです。真壁さんが今、戦うために中央へ入る必要はありません」


「だから、手すりまで下がった」


「はい」


 今日の風冷石は、三個で二千百円だった。


 前回と同じ金額。


 でも今日は、風が来る前に戻ったんじゃない。


 風の中で、手すりを離さずにいられた。


 魔物を追わずに、距離を作れた。


 次にB2へ入るときも、戦う場所は自分で選ぶ。


 風の止む場所で、無理に戦わないために。

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