第19話 二階の入口には、風が吹いている
こんにちばんわ!!
B2へ入る日は、学校が終わってすぐに決めた。
平日。
明るいうち。
管理センターへ予定を伝えてから。
日曜日に朝倉さんから言われたことを、紙に書き出しておいた。
『B2 最初の部屋だけ』
『三十分』
『採取袋半分で戻る』
『異常が出たら、採取をやめる』
受付で、その紙を朝倉さんに見せる。
「これでいいですか」
「いいですね。B2用の予備灯も持ちましたか」
「はい」
リュックの横ポケットから、小さな手回し灯を出す。
B2は照明が不安定な場所があるから、ライトを二つ持つように言われた。
スマホのライトと、手回し灯。
十分とは言えないけれど、最初の部屋だけなら足りる。
「通常階段は、B1北側の案内に従ってください。旧・帰還支援庫の連絡階段には近づかないこと」
「行きません」
B2へ行けるようになった。
でも、行ける場所が全部同じになったわけじゃない。
私は黄色いヘルメットを被り、探索者証を首から下げた。
◇
B1北側の通常階段の前で、《帰路設置》を使う。
白い扉が、階段脇の壁際に現れた。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
スマホのタイマーは三十分。
取っ手に一度だけ触れる。
ちゃんと帰れる。
それを確認してから、私は階段を下りた。
階段は、B1のコンクリートより少しだけ狭い。
下へ行くほど、空気が冷たくなった。
二十段。
三十段。
最後の一段を下りた瞬間、頬に風が当たった。
「……風」
B2の入口には、広い部屋があった。
天井はB1より高い。
壁には太い換気管みたいな穴がいくつも開いていて、そこから冷たい風が吹いている。
床には、細長い格子の溝。
風は、その溝を通って部屋の奥へ流れていた。
壁の案内板に、現在の表示が出ている。
『B2第一区画 風抜け』
『通行可能』
『送風停止中』
最後の文字を見て、私は少しだけ立ち止まった。
止まっているなら、いつか動く。
紙の地図を見る。
最初の部屋の外周だけ、緑の線が引かれている。
中央の格子溝には入らない。
向こうの暗い通路へも入らない。
私は壁際を歩き始めた。
床の隅に、薄い水色の石が落ちている。
半透明で、指先くらいの大きさ。
地図の余白に書いてあった採取物と同じだった。
『風冷石 傷なし:一個七百円前後』
周囲を見て、上を見る。
風の穴は遠い。
足元も乾いている。
私は一個だけ拾い、採取袋へ入れた。
少し先に、もう一個。
そのまた少し先に、一個。
B1の石灰キノコより、見つけやすい。
でも、部屋の中央に近づくほど、石の数が増えている。
格子溝の向こうには、手のひらくらいの風冷石が二つ並んでいた。
たぶん、あれなら千円以上になる。
私は格子の手前で止まる。
中央へ入らない。
紙にも書いてある。
最初の日に、地図の外へ行かない。
そのとき、部屋の奥で短い金属音が鳴った。
かん。
壁の案内板の文字が変わる。
『送風開始 あと十秒』
「戻る」
私は、すぐに壁際へ寄った。
壁には、腰の高さまで金属の手すりが付いている。
両手で掴む。
十秒。
九。
八。
数える必要はないのに、頭の中で数えてしまう。
次の瞬間、風の穴が唸った。
ごう、と冷たい風が部屋を横切る。
中央の格子溝に落ちていた小石が、一斉に流されていく。
風冷石も、格子の上を滑っていった。
さっき見えた大きな石が、目の前を通り過ぎる。
採取袋に入れた三個より、ずっと大きい。
でも、手を伸ばさない。
手すりを離さない。
風は長く続かなかった。
数十秒で、壁の穴の音が小さくなる。
案内板が、また文字を変えた。
『送風停止中』
私は手すりから手を離し、スマホを見る。
タイマーは残り二十一分。
まだ半分以上ある。
でも、B2で初めての送風を見た。
これ以上、何が起きるかは知らない。
採取袋には、風冷石が三個入っている。
今日はもう十分だった。
私は来た階段へ戻った。
◇
B1へ上がり、白い扉の前まで戻る。
『帰還可能』
『残り時間:四十六分』
スマホのタイマーは、残り十七分。
階段を下りて、三個拾って、送風を見て、戻った。
短い探索だった。
でも、B1より一階分、深い場所まで行った。
私は白い扉を開けた。
◇
「B2第一区画で、送風を確認しました」
管理センターで報告すると、朝倉さんは頷いた。
「手すりに掴まりましたか」
「はい。中央には入っていません」
「それなら問題ありません。初回としては、ちょうどいい戻り方です」
風冷石は、三個で二千百円だった。
明細を受け取って、少しだけ驚く。
B1で一時間近く探していたときより、多い。
B2には、採れる物もある。
その代わり、知らない風もある。
私は明細を財布へ入れた。
次にB2へ入るときも、最初は壁際からにする。
大きな風冷石を拾うのは、そのあとだ。
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