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帰還だけが取り柄の女子高生、ダンジョンで稼ぐ  作者: 愚者さま


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18/31

第18話 帰る判断を試される日

こんにちばんわ!!


 日曜日の午前八時四十分。


 江東第七ダンジョンの管理センターには、いつもより人が少なかった。


 受付の横に、折り畳み椅子が三つだけ並んでいる。


 私を含めて、基礎実技を受ける人は三人だった。


 誰も話していない。


 みんな、自分のリュックと靴を見ている。


 私も、黄色いヘルメットの顎紐を触った。


 短槍。


 発煙筒。


 水。


 救急セット。


 灰色のヘルメット。


 忘れ物はない。


「真壁さん」


 朝倉さんではない人が、私の名前を呼んだ。


 黒い管理局のベストを着た、背の高い男の人だった。


「実技担当の栗原です。説明します」


 私たちは、それぞれ別の紙を受け取った。


 B1実技確認区画の簡単な地図。


 青い線で、通っていい道だけが示されている。


『制限時間:四十分』


『確認地点:A、B、C』


『各地点の現在表示を確認し、必要な物だけを持ち帰ること』


『危険と判断した場合、途中で終了してよい』


「必要な物だけ」


 私は、その言葉をもう一度読んだ。


 栗原さんは続ける。


「この試験は、遠くまで行く試験ではありません。三つの確認地点を全部回ることも、必須ではありません」


「戻った時点で、終わりですか」


「はい。戻った理由を説明してもらいます」


 戦わなくていい。


 無理をしなくていい。


 それでも、自分で決めなければいけない。


 私は地図を折り、前ポケットへ入れた。


「帰還能力は使っていいですか」


「使って構いません。ただし、能力を使ったことで何ができて、何ができないかも確認します」


「わかりました」


 九時ちょうど、私は一人でB1実技確認区画へ入った。


     ◇


 いつもの壁際に、《帰路設置》を使う。


 白い扉が現れた。


『帰還可能』


『残り時間:五十九分』


 試験用の端末には、四十分の数字が出ている。


 私は二つの時間を見比べた。


 試験の時間より、扉の時間のほうが長い。


 でも、長いから最後まで使うわけじゃない。


 地図を開く。


 Aは、短い直線通路の先。


 Bは、その先の左分岐。


 Cは、さらに奥の行き止まり。


 まずAへ行く。


 通路は、普段のB1よりきれいだった。


 床に水はない。


 天井の金具も新しい。


 それでも、私は歩く前に上を見る。


 足元を見る。


 壁を見る。


 A地点には、胸の高さの白い板が立っていた。


『現在表示:通行可能』


 その下に、緑の丸。


 私は試験端末で写真を撮る。


『A地点確認』


 表示が出た。


 次はB。


 左へ曲がる。


 少し歩いたところで、床に小さなケースが落ちているのを見つけた。


 手のひら二つ分くらいの、灰色の金属ケース。


 誰かの私物に見えた。


 でも、上には赤い札が付いている。


『実技用返却物』


『返却先:地上窓口』


 私はしゃがみ込む前に、周囲を見る。


 天井。


 床。


 通路の先。


 何もいない。


 灰色のヘルメットを近づける。


 内側に、文字が浮かんだ。


『返却先確認済み』


『携行可』


 仮登録はしない。


 もう返却先が決まっている物だからだ。


 私はケースを拾い、リュックの上のポケットへ入れた。


 途中で置いて帰る理由がない場所に入れる。


 B地点は、その先だった。


 白い板には、黄色い丸が表示されている。


『現在表示:注意』


『前方に通行制限あり』


 私の地図では、Cへ続く道はこの先。


 でも、黄色い表示の横に、小さく文字が出ている。


『左側の観察窓から状況を確認可』


 私は、通路を進まなかった。


 壁の左側にある、小さな窓へ近づく。


 透明な板の向こうで、通路の床が大きく割れていた。


 割れ目の上には、細い金属板が一枚だけ渡されている。


 向こう側に、C地点の白い板が見えた。


 そこまで行けば、三つ目の確認ができる。


 でも、金属板は幅が狭い。


 試験用に置かれた物だとしても、私は一人だ。


 落ちたときに、誰かがすぐ助けられるとは限らない。


 試験端末を見る。


 残り二十四分。


 時間はある。


 だけど、時間があることと、渡っていいことは違う。


 私は端末の報告欄を開く。


『B地点よりC地点への通路を確認』


『床面欠損、細い金属板のみ。単独通行は危険と判断』


『C地点の確認を中止し、地上窓口へ返却物を持ち帰る』


 送信する。


 灰色のヘルメットが、かちりと鳴った。


 内側の文字は短い。


『帰還導線 安全』


 私は窓の向こうを、もう一度だけ見た。


 Cの白い板は、すぐそこにある。


 たぶん、渡ろうと思えば渡れる。


 でも今日は、渡らない。


 私は引き返した。


     ◇


 白い扉の前へ戻る。


『帰還可能』


『残り時間:三十八分』


 試験端末は、残り十九分。


 余裕はある。


 それでも、実技確認区画を出ることにした。


 取っ手に触れる。


 白い光を抜ける。


     ◇


 地上に戻ると、栗原さんが待っていた。


「終了でいいですね」


「はい」


「C地点には行かなかった」


「行けませんでした。床が割れていて、金属板だけだったので」


「試験区画です。安全は確保されています」


 私は少しだけ迷ってから、答えた。


「でも、それは私にはわかりません。わかっていたとしても、一人で細い板を渡る理由がありません」


 栗原さんは、何かを端末へ入力した。


「返却物は」


「ここです」


 灰色のケースを渡す。


「仮登録はしなかったんですね」


「返却先が書いてあったので。途中で置かずに運べる物だけ、持ちました」


「正解です」


 栗原さんは、初めて少し笑った。


「確認地点を三つ回ることが合格条件ではありません。危険の見方と、持ち帰る物の選び方、それから戻る理由を確認する試験です」


 朝倉さんが、横から端末を見せてくれる。


『第二層単独許可 基礎実技確認』


『判定:合格』


 一瞬、文字が読めなかった。


「……合格」


「おめでとうございます、真壁さん」


 胸の奥が、熱くなる。


 私は、B2へ行ける。


 すぐに深い場所へ行くわけじゃない。


 何でもできるようになるわけでもない。


 でも、一人で二階へ降りるための許可をもらえた。


 朝倉さんが、新しい探索者証を端末から出した。


 B2の欄だけ、緑色になっている。


「通常階段からの入場だけが許可対象です。旧・帰還支援庫の連絡階段は、引き続き調査中で立入禁止」


「はい」


「最初のB2は、平日の明るい時間に。入口で予定を伝えてから入ってください」


「わかりました」


 私は新しい探索者証を受け取った。


 B2は、もう地図の外じゃない。


 それでも、最初に行く日は決めてからにする。


 行けるようになったからこそ、帰れる準備をしてから行く。

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