第14話 落ちる前に離れる
マジで1週間分予約投稿しないと
仕事でまた、ログインし忘れる
管理センターの入口に、新しい注意書きが出ていた。
『B1東通路 天井部の異常に注意』
『金属音・粉じん・落下物を確認した場合、直下から離れて報告』
私は、掲示板の前で立ち止まる。
昨日、東通路の古い連絡路に水が流れていた。
その調査のせいで、別の場所まで変になったのかもしれない。
「今日は、入らないほうがいいですか」
朝倉さんが、掲示板の横から顔を出した。
「通行範囲内なら大丈夫です。ただし、今日は採取より観察を優先してください」
「天井を見ながら歩くんですね」
「足元も見てください。両方です」
「難しいです」
朝倉さんが少し笑った。
「だから、立ち止まって確認します。歩きながら全部を見ようとしない」
私は頷く。
急がない。
見えないものを、見たことにしない。
今日も三十分だけ。
何か変なら、採取袋が空でも戻る。
◇
B1に入って、《帰路設置》を使う。
白い扉が、いつもの壁際に現れた。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
スマホのタイマーを三十分にセットする。
今日の目的は、黄色い線の内側を一周すること。
石灰キノコや鉄灰苔は、見つけても安全に取れる場所だけ。
黄色いヘルメットの顎紐を締める。
灰色のヘルメットは、リュックの中。
短槍を右手に持って、東通路へ入った。
通路は、昨日より静かだった。
他の探索者の足音も聞こえない。
壁の隙間に鉄灰苔を見つけて、しゃがみ込む。
切り取る前に、上を見る。
コンクリートの天井。
錆びた金具。
細い配管。
何も落ちてきそうには見えない。
私は鉄灰苔を一束だけ採った。
立ち上がったときだった。
かち、かち、かち。
小さな金属音が、頭の上から聞こえた。
私はすぐに動かなかった。
朝倉さんの言葉を思い出す。
立ち止まって確認する。
足元を見て、周りを見てから、ゆっくり上を見る。
天井の金具に、黒いものが三つ張り付いていた。
丸い胴体。
細い脚。
親指くらいの大きさの虫が、錆びた留め具を削っている。
かち、かち、と。
「留め具喰い……」
初心者講習で、名前だけ聞いたことがある。
金属を食べる小さな魔物。
弱いけれど、古い通路で見つけたら近づかない。
その下では、何かが落ちるかもしれないから。
私は後ろへ一歩下がった。
その瞬間、リュックの中で灰色のヘルメットが鳴った。
かちり。
同時に、天井の虫が一斉に動く。
一匹が留め具から剥がれ、私のリュックへ飛びついた。
「っ」
背中で、金属を引っかく音がする。
灰色のヘルメットに近づこうとしている。
私はリュックを下ろさなかった。
ここで外したら、虫を落とすために手間取る。
頭の上には、まだ二匹いる。
短槍を逆手に持ち替えて、リュックの横へ伸ばす。
穂先では刺さない。
柄の部分で、黒い虫を横から叩いた。
かん。
虫は床へ落ち、丸い体を起こして壁へ逃げる。
そのとき、天井から嫌な音がした。
ぎ、と。
留め具が一本、外れる。
「離れる」
私は、採取袋を握ったまま走った。
走るのは、短い距離だけ。
落ちそうな場所の真下から出るために。
背後で、金属板が落ちる音がした。
ばきん、と大きな音。
続いて、拳くらいのコンクリート片が跳ねる。
その一つが、私の肩へ飛んできた。
黄色いヘルメットの縁が、白く光った。
衝撃が、頭ではなく肩の横へ流れる。
それでも、体は少しよろけた。
「……痛くない」
痛みはない。
でも、驚いた心臓は速い。
私は振り返らなかった。
落ちた場所を確認するために戻らない。
灰色のヘルメットを取り出す。
『帰還導線 安全』
『迂回を推奨』
私はスマホを見る。
タイマーは残り十九分。
採取は終わり。
白い扉まで戻る。
◇
扉の前に着いたとき、《帰路設置》の残り時間は四十二分だった。
スマホのタイマーは、残り十三分。
私は取っ手に触れ、そのまま扉を開けた。
白い光を抜けたあとも、耳の奥に金属板の音が残っていた。
◇
「留め具喰いがいたんですか」
朝倉さんは、私の撮った写真と、通路の位置を確認した。
「三匹。天井の金具を削っていて、一匹がリュックに飛びつきました」
「怪我は?」
「ありません。黄色いヘルメットが、一回だけ光りました」
朝倉さんは、黄色いヘルメットの縁を見た。
光ったところに、細いひびのような白い線が残っている。
「《衝撃遮断》が発動しています。これは一度、点検に回しましょう」
「今日、使えなくなりますか」
「今週中には戻ります。ただ、次に潜るまでには、別の保護具を用意してください」
私は頷いた。
守ってくれる装備にも、限界はある。
さっき、あのまま落下物の下に立っていたら。
黄色いヘルメットがあっても、無事だったかはわからない。
「逃げて正解でした」
「はい」
「魔物を倒さなくていいんですか」
「通路の安全確保は、管理局がします。真壁さんがやるべきだったのは、落下物の下から離れることです」
今日の記録を入力してもらう。
異常の発見。
落下危険からの離脱。
装備の使用報告。
そして、帰還。
朝倉さんが、端末をこちらへ向けた。
『B1安全行動記録 確認済み』
『第二層単独許可まで 残り三回』
採取した鉄灰苔は一束だけ。
買取は、三百円だった。
でも、今日は短槍を使えた。
黄色いヘルメットにも助けられた。
そして、落ちる前に離れられた。
次に潜るときは、点検済みの保護具を被る。
同じ場所へ、同じ準備のまま戻らないために。
転職も考えないと




