第12話 返却記録は、持ち主の名前だけでは足りない
がんばります
AIが
月曜日の放課後、私は江東第七ダンジョンの管理センターへ寄った。
金曜日に回収された、あの金属筒について話があると言われていたからだ。
装備窓口の奥にある小さな応接室で、朝倉さんが端末を机の上へ置いた。
「記録筒の安全確認と照合が終わりました」
画面には、黒い文字が並んでいる。
『旧・江東第七ダンジョン帰還支援班』
『B2帰還支援庫 返却対象保留一覧』
私は、画面の一番下まで目を走らせた。
「父さんの名前は」
「ありません」
朝倉さんは、はっきり言った。
少しだけ残念だった。
でも同時に、よかったとも思った。
知らない記録を見つけるたびに、父さんのことだと決めつけるのは違う。
「この筒は、父さんの記録じゃないんですね」
「はい。かなり古い、返却対象の一覧です。正確な更新時期は判別できませんでしたが、帰還支援班が使っていた仕組みを知る手がかりにはなりました」
朝倉さんが、別の画面を開く。
『返却対象 区分』
『A:所有者が判明している物』
『B:管理センターへ返却する物』
『C:施設保全上、移動させてはならない物』
「登録できるなら、何でも登録して持ち帰ればいいわけじゃなかったんですね」
「その通りです」
朝倉さんは、一覧のCを指した。
「案内板、非常灯、通路の標識。持ち主がいないように見えても、ダンジョンの中で役目を持っている物があります。そういう物まで仮登録すると、かえって危険です」
青い案内板。
黒い回収箱。
壊れたように見えても、あの場所で動いていた物。
私は頷いた。
「返却先があるか。持ち帰って大丈夫か。自分で持てるか」
「それを順番に確認してください」
「わかりました」
「それから、もう一つ」
朝倉さんが、画面をスクロールする。
『B2帰還支援庫 状態:閉鎖』
『返却対象は地上窓口へ代替搬送』
「回収箱が記録筒を地上へ運べたのは、この代替返却先が旧い仕組みにも残っていたからでしょう。西通路へ向かわせなかった判断は、正しかったです」
「じゃあ、B2の支援庫は」
「今は、使えません。階段も調査中ですし、立入禁止は変わりません」
B2へ続く道は、まだ閉じている。
それなら、今できることをやるしかない。
「今日の探索で、安全記録を一回増やします」
「ええ。ただし、記録を増やすこと自体を目的にしないでください」
「ちゃんと帰るために潜ります」
朝倉さんは頷いた。
「それなら大丈夫です」
◇
B1へ入ってすぐ、私は《帰路設置》を使った。
白い扉が壁際に現れる。
『帰還可能』
『残り時間:五十九分』
スマホのタイマーは三十分。
今日の目的は、石灰キノコと鉄灰苔を少し採ること。
それから、東通路の分岐を一つだけ確認すること。
いつもより奥へ行く予定だけど、タイマーが十五分を切ったら戻る。
私はスマホのメモに、今日の予定を書き足した。
『十五分で折り返す』
『迷ったら採取をやめる』
短槍を持ち、歩き始める。
通路の空気は少し湿っていた。
西通路の崩落後、東側へ流れてきた地下水が増えているのかもしれない。
床の端には、細い水の筋ができていた。
私はその上を踏まないよう、壁側を歩く。
最初の角で、石灰キノコを二個見つけた。
次の角で、鉄灰苔を一束。
袋に入れてから、周囲を見回す。
何もいない。
でも、壁の先にある分岐の上だけ、青い非常灯が点いていた。
普段のB1にはない光だった。
「あれが、Cの物かな」
近づく。
非常灯の下には、古い案内板があった。
文字の半分が剥がれている。
『地上連絡路』
その下の矢印は、右を向いていた。
右は、私がまだ通ったことのない細い通路だ。
出口と書かれている。
けれど私は、そちらへ入らなかった。
私の出口は、白い扉だ。
その扉まで戻る道も、もう決めている。
知らない通路へ入るなら、入るための時間と地図を用意してからにする。
今日は違う。
私は案内板の写真だけを撮り、来た道へ戻ろうとした。
そのとき、右の通路から、かすかな咳が聞こえた。
「誰か、いますか」
返事はない。
もう一度、咳。
人の声ではなかった。
空気が、狭い隙間を抜ける音だ。
ひゅ、と短く鳴っている。
私は、通路の入口から中をのぞいた。
奥へ三メートルほど行った場所で、天井から細い水が落ちていた。
その水が、割れた鉄板に当たって音を出している。
人はいない。
でも、通路の床は濡れていた。
水の流れは、奥からこちらへ向かっている。
入れば、靴の裏が滑る。
帰り道にもなる。
私は中へ入らず、もう一枚写真を撮った。
地上で報告すればいい。
その瞬間、リュックの中で灰色のヘルメットが鳴った。
かちり。
取り出す。
『帰還導線 湿潤注意』
『迂回を推奨』
「私が来た道も?」
表示は変わらない。
私はすぐに、床の水の筋を見る。
さっきより少しだけ太くなっていた。
雨が降っているわけでもないのに、水が増えている。
分岐の奥で何かが詰まって、流れが変わったのかもしれない。
理由はわからない。
でも、理由がわからないからこそ、歩いて確かめるべきじゃない。
スマホを見る。
タイマーは残り十八分。
私は採取袋をリュックにしまい、扉へ戻ることにした。
来た道を、速くはなく、でも止まらず歩く。
途中の壁際で、黒い回収箱が一体、空のペットボトルを抱えていた。
私に気づくと、案内板をこちらへ向ける。
『搬送中』
「そっち、濡れてるから気をつけて」
言ってから、少し変だと思った。
回収箱に気をつけて、は通じないかもしれない。
けれど青い文字が切り替わる。
『導線確認』
黒い箱はペットボトルを抱えたまま、私が通ってきた通路とは反対側へ向かった。
あれにも、別の安全な道が見えているのかもしれない。
私は追わない。
自分の扉へ戻る。
◇
白い扉の前へ着いた。
取っ手に触れる。
『帰還可能』
『残り時間:四十一分』
タイマーは残り十二分。
予定より早い。
採取袋には、石灰キノコ二個と鉄灰苔一束。
もう少し探せた。
でも、出口と書かれた通路も、水の音がする通路も、今日は持ち帰るべき物じゃない。
私は扉を開けた。
白い光を抜ける。
管理センターへ戻ってすぐ、朝倉さんに写真を見せた。
「東通路の第二分岐です。青い非常灯と、古い案内板がありました。右通路から水が流れていて、ヘルメットも迂回推奨を出しました」
朝倉さんは写真を見て、すぐに職員へ連絡した。
「そこは旧地上連絡路です。現在の出口ではありません。調査を入れます」
「Cの物でしたか」
「案内板も非常灯も、そうですね。よく触らずに戻りました」
私は、少しだけ胸を張った。
「登録しませんでした」
「その判断も正解です」
端末に、今日の探索記録を入力してもらう。
危険表示の確認。
帰還導線の確保。
異常の報告。
そして、帰還判断。
朝倉さんが画面を見せてくれた。
『B1安全行動記録 確認済み』
『第二層単独許可まで 残り五回』
「一回、増えましたね」
「はい」
今日の買取は、八百円だった。
大きな収入ではない。
でも、B2へ近づくための一回分にはなった。
私は明細を財布へ入れる。
父さんのことが書かれていない記録筒もあった。
出口と書かれていても、出口ではない通路もあった。
だから、見つけた物にすぐ答えを求めない。
確認して、選んで、帰る。
その繰り返しの先に、私が行ける場所が増えていく。
それでいい。
次もまた、B1から始めようと思った。
最近、自分で書いた方が面白いんじゃ無いか?って思い始めていて
その内、日の目を浴びるかもしれない。




