表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/9

6.察さない男Ⅱ

******


アミエットは暗い室内に入ると、思い出を閉じ込めるみたいにしっかりと鍵をかける。


大切なものが詰まったこの家を強盗に荒らされるわけにはいかない。


「 ……兄さん、ただいま」


無理やり声の調子を明るくしながら言って、室内用のランプを照らす。


〈 QSS〉の執務室に似た狭さの部屋。2人掛けのソファがひとつに、たくさんの言語学と地理学の本溢れるように詰め込まれた本棚で、ほとんど全てが埋まっている。


毎朝掃除をしているから、指でなぞった棚には埃ひとつない。棚の上に視線を滑らせ、セピア色に染まる写真が視界に映る。


優しい笑みを浮かべた兄が、楽しげに笑うアミエットを背負っているーーそんな写真。二人の顔は寄り添うように近く、大きく顔を捉えたその写真はアミエットの宝物の一つだった。


(…兄さん…… )


軍服の上着を脱ぎ、簡素なシャツだけになれば胸元に冷たい銀の感触が伝わった。

胸元のそれをぎゅっと握る。兄が外交官の試験を突破した際に、アミエットがお祝いとしてプレゼントしたネックレスだった。

外交官として世界中を飛び回ることになる彼が、迷わずちゃんとアミエットの元の帰ってこれるようにーーシンプルな銀のチェーンの先には羅針盤の意匠のプレートのネックレスを贈った。

それなのにどういうわけか、このネックレスは送り主を捨ててアミエットのもとに戻ってきてしまった。


( 兄さんは約束を破ったことなんてなかったね…)


銀の羅針盤を握りしめ、愛しい兄に語りかけるように心のなかで囁いた。 


『 最近ずっとこそこそこそこそしてたよな?兄さんに何か隠してるのか?』


深い青色の瞳を優しく細めて、兄ーーカインが笑う。くちびるの端に浮かぶのはからかうような笑顔で、それだけで兄には何でもお見通しなのだと気づく。


『…そうよ!兄さんにプレゼントを用意したの!兄さんにはバレてるみたいだけど 』


『 俺の妹は、何をくれるのかな?』


カインが歯を見せて溢れるように笑う。自然に抱き寄せられて、肩に温かい手のひらが添えられる。


『 外交官の試験、合格おめでとう!ーーはい、これ』


『 ーーん?ネックレス…?』


『 そう!ずっとつけといてね!約束だから…破ったら怒るよ!』


ソファの上に膝をついて長身の兄の首にチェーンを巻き付ける。


『…羅針盤?珍しいデザインだな 』


分かっているくせに、何を言わせたいのか兄は小首を傾げて悪戯っぽく笑う。


『 ーーもう!分かってるでしょ!世界中を飛び回っててもーーちゃんと私のところに帰ってきて…そういうこと!』


頬を膨らませて顔を背ければ、笑い声とともに頭を撫でられる。

顎に手を添えられて優しく兄の方を向かされる。額に落ちてきた柔らかなキスにアミエットは目を細める。


『 ありがとう。大事にする、アミ』


彼はーーカインはそう言って、亡くなったときでさえもチェーンのネックレスを身に着けていた。細い裏路地で数カ所の銃弾を受けて倒れたその時でさえ。


思い出したように疼き始めた胸の痛みに気付かないふりをして、軍服のシワを伸ばしハンガーラックへとかける。


『 ほら、兄さんに貸してみろ。そのままにしたらシワになる』


ソファに座ったままのアミエットをあきれた表情で見下ろして、それから優しく頭を撫でた兄の声が蘇る。


「 …っ……」


首をぶんぶんと振った。今日は疲れたからだろうか。妙なことばかり頭に浮かんでしまう。


『どうした?今日はやけに疲れた顔をしているな。……ほら、来い。兄さんが肩を揉んでやる 』


「……にい、さん 」


記憶が溢れるように湧き上がって湧き上がってーー


胸を抑える。


心音が馬鹿みたいに速くなって、鼓動が耳朶を震わせた。


『大丈夫だ、兄さんがついてる 』


「 兄さん…」


譫言みたいにその名前を呟く。


痛い。


カインの笑顔が、悪戯っぽい表情が。甘く優しい横顔が。世話焼きで穏やかな兄の顔が、真面目でひたむきな誠実さが。


思い出ばかりが溢れて、馬鹿になりそう。


苦しくて、痛くて、辛い。


「 〜っ!」


熱くなった目尻を慌てて拭う。


疲れているからこんな事ばかり考えてしまうのだ。何度も盛んに目を瞬いて、押し寄せてくる感傷の波をあしらう。


深く息を吸って、吐いた。

銀のチェーンが冷静さを伝えるみたいに、冷たいプレートをアミエットに押し付けてくる。


羅針盤を握りしめ、それにくちびるを寄せて口づけた。


「兄さん…アミは頑張って強くなるから 」


瞳を伏せた。


夜はまだ長い。窓から見える漆黒の中に、終わらぬ歓楽街が星のような煌めきを放っている。


夜は、本当にずっと長い。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ