3.悪い男Ⅱ
広いソファに一人取り残されたレオンは、先ほどまでとは違って非常に寒々しく見える。
「…んで、なんですか、テスさま」
皮肉めいた口調で吐き捨てると、レオンはゆっくりとソファから身を起こす。気崩れた軍服のボタンを留めながら、うざったそうに髪をかきあげた。
「 ーーこの新人たちを鍛えてもらおうかと思って」
紹介するかのようにテスがアミエットとクライドに手のひらを向けた。レオンはアミエットを一瞥し、それからクライドを見て苛立たしげに目を細めた。
「 俺は男の相手はしねぇ」
「レオン? 」
テスが笑みを深くするが、気にもとめない様子でレオンは机の上に転がっていた酒瓶を仰いだ。
「 なんだよ、べつにテスがすればいいじゃねぇか。俺は女の子の相手しかしないからな、何を言われても」
そう言いながらレオンは、アミエットを指さして笑う。獰猛な牙のように尖った歯が覗き、思わずぞくりとする。
「 可愛い女の子なら幾らでもだぁ~い歓迎!軍事訓練でも鉄砲の撃ち方でもーー男の楽しませ方でも、何でも教えてやるよ」
舞台役者のように手を広げると、アミエットの瞳を捕らえて、また笑う。
「さあ、何を教えてほしいんだ? 」
「 ……はぁ、ごめんなさいね。ウチの馬鹿が」
テスは髪をかきあげると、疲れたように首を振った。アミエットを呼び寄せるように手招きするので、慌てて駆け寄る。
「 あんな感じだけど、女の子に手は出さないから。悪い男ではないのよ。ーーというわけで、一発彼に撃ってみて?訓練よ。実力を見せて頂戴な。」
最高に美しい笑みで、テスが言う。ご丁寧に指で銃の形を作り、それを脳天に当てて撃つ動作までしてみせる。
「 …え!?」
「 心配しないで大丈夫。酔っていても〈 QSS〉 だもの。それくらい避けれるから。ほら、頑張って!」
いつの間にか握らされていたのは、アミエットの愛銃ーーHRM-Mark Ⅲである。
「 いくらそんな…本当に当たったらーー」
「あら?軍の訓練では生身の人間を的にしなかった? 」
冗談でも言うように、テスがくすりと笑う。そのとおりだ。いくら訓練でも、的が生身の人間であるわけがない。
「 ほら、やってみなさい。〈 QSS〉に所属して生身の人間も撃てないようじゃあ、いつまでも新人よ?」
「…っ… 」
撃たなければならないのだろうか。本当に?当たったらどうするというのだ。アミエットの射撃精度は殆ど100%に近い。動いている的を訓練で撃つこともある。
その点、レオンはアミエットに向けて両手を広げて立っている状況で。狙えと言っているように頭を指さしてさえいるのだ。
「 ……でも………、っ……」
「ナイチンゲールさん 」
不意に、頭の上から声が落ちてくる。落ち着いた響きは聞き馴染みがあるものだ。
「 その試験、私が変わってもよろしいですか?彼女にはこの試験は簡単すぎるように思いますので」
その声とともに、腕にあった冷たい重みが消えている。
振り向けば、アミエットの愛銃をクライドがしげしげと眺めている。
「 なるほど…HRM-Mark Ⅲですか。実習で一度だけ使ったことがあります」
「 ちょっと、クライド!」
「 任せてください、これでも射撃は貴女の次席でしたから」
「 そういうことじゃなくてー!!」
取り返そうと手を伸ばしても、クライドはひょいと拳銃を高い位置にまで持ち上げてしまう。
「 ねぇ!返して!」
「ふふ、ちょっと借りますね 」
そう言った瞬間、彼はレオンの脳天に向けて発砲した。
目にも留まらぬ速さだった。速い。
彼の軌跡はたぶん、完璧だった。訓練生時代の銃撃訓練であれば的の中央に完璧に当たっている。
だが。
「 ーーおいおい、俺は女の子の相手しかしないっつたんだがなぁ?野暮男が、空気読めよ」
彼の弾丸は、僅かにレオンの赤毛を揺らしただけだった。
「 …生憎、貴方程度私で十分ということです。彼女の射撃は私より優れていますから」
「 ほぉん、ああそうかいそうかいーーいいぜ、じゃあ……相手してやるよ」
バーガンディの瞳に先ほどまで揺蕩っていた酔いは、完全に醒めている。
くちびるに浮かんだ薄い笑みはどこが酷薄で、ゾッとするような恐怖を纏っている。
「 俺は生身ーー!お前は銃一本だ!勝てるものなら、やってみろよ。いけすかない顔だけ野郎」
「 …凄いですね、この酒瓶の量だけ飲んでまともに喋れているんですか?それとももう夢の世界にいらっしゃるんでしょうかね」
クライドの握った銃口が、正確に火を吹く。
アミエットが捉えきれたものでいえば、肩口、心臓、それから右足ーー正確に射抜いているはずなのに、レオンの素早い身のこなしはそれを軽々と避けていく。
「 ……っ」
「 アミエット」
「…! 」
いつの間にか隣に立っていたテスが、アミエットに何かを差し出してくる。
「ーーこれは… 」
「 私ので申し訳ないけれど。RGP-01 ーー使い方はあんまり変わらないわ、いける?」
黒のボディは磨き抜かれた、艶を放っている。そのホルスターの付近には、銀の刻印で〈ForHerSmile 〉と刻まれている。
「 …はい!ありがとうございます!」
覚悟は決まった。このままではクライドの銃弾がなくなれば、クライドの優位も崩れてしまう。
「 ーークライド!威嚇射撃をーーいつもみたいに!」
アミエットの声が届いたのか、クライドは振り返って少しだけ笑う。
「威嚇射撃ですか…懐かしいですね。訓練生時代を思い出します 」
「 ちょっと、思い出に浸ってないでーー」
瞬間、クライドの銃が威嚇するように何度もレオンの足元ではじける。
「 思い出に浸る?さあ、何のことでしょう」
「 …っ…!やっぱりあなたってムカつく!」
「あと十発程度です。貴女のやりたいようにどうぞ、〈次席 〉様? 」
端正な笑顔にはこちらを煽るような笑みが浮かんでいる。
「 っ〜〜!望むところよ!銃撃〈 首席〉様をとくと御覧なさいなっ!」
アミエットの声を合図に、クライドが正確に威嚇射撃を始める。壁際に追い込む方向。確実にアミエットが狙いやすいよう的確に援護している。
テスから渡された拳銃を掴み、息をひとつ吐く。慎重に狙いを定める。重症を負わない位置であり、かつ戦意を削げる部位。
息を吸う。自分の焦点と、標的が確実に合わさって、ピッタリとはまったその瞬間に。
アミエットは銃を撃ち抜いた。




