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2.悪い男Ⅰ

*****


テスはミストリア連合帝国の夜の街並みを勝手知ってる様子で歩いていく。


煉瓦通りの道は丁寧に舗装され、街灯の明かりが足元を照らしていた。〈 霧ミスト〉リア連合帝国の名にある通り、朝には濃い霧を抱くように視界が真っ白に染まる街も、今は夜の澄んだ空気に満たされている。


それなりに時間は回っているはずだが、大通りの賑わいはやはり絶えない。


「お、テスさんじゃあねえか!飲んでかねぇ? 」


「あら、素敵なお誘いありがとう。でも今は連れを探してるのよ、ごめんなさいね 」


「 おーそうか、ん?後ろにいるのは…新人の騎士くんかい?」


「ふふ、そうよ。新人の近衛師団たちよ 」


酒に酔っているのか鼻先を赤くした中年の男性が、気安い笑みを浮かべてアミエットに手を振る。


「 おーおー、頑張れよ、姉ちゃん。このおばさーーお姉ちゃんのシゴキはきびしいからなぁ。あ、ハンサムな兄ちゃんもな」


「 …そうなんですか?」


「そーだぞ、このテスおばさーー姉ちゃんは相当に厳しい。 」


先程からおばさんと言いかけるたびに冷たい目をするテスを見れば、その言葉にも説得力があるというものだ。アミエットは内心で納得しながら頷いて、酒場の男性に別れを告げた。


テスの歩みに従ってどんどんと繁華街の方へと入っていく。十分な夜更けだというのに、星の瞬きよりも明るい街灯の明かりが目に眩しい。


「ーーそこの綺麗なお兄さん、一杯どお? 」


小鳥が囀るような甘えた声に、アミエットは思わず足を止める。後ろを振り返れば、薄っぺらい布のドレスをまとった女性に、クライドが絡まれている。


彼は特段何も感じていないのか、穏やかに微笑んだまま体を絡ませてくる女性をあしらっている。


「 すみません、仕事中でして。ーーまた、ぜひ後で」


「…… 」


訓練生を終えて数年。グライドとは所属が違ったため会っていなかった。けれどもこうして女性に絡まれているのを見ると、彼がモテるのだということを思い出す。訓練生時代もよくモテていた。


あんな男のどこがいいのか。

顔か。アミエットにとってはあの顔さえも苛々するというのに。


テスの背中を見失わないように、アミエットは歩く。ゆく先々でクライドが美女に絡まれているのを尻目に見ながら進む。


「 ーーチェイスさん、ちょっと待ってください」


「 あなたの顔のせいでしょ」


「…それは……褒め言葉として受け取っていいんですね?」


「 顔だけ、は認めてあげる」


ようやく絡まれなくなったのか、彼はアミエットの隣に並んで歩く。


「 あぁ、そうだ。こうして隣を歩けばーー声をかけられなくなるんじゃないですか?」


「 は?」


「 だってほらーー」


クライドが徐にアミエットの手を取る。指先を弄ぶみたいに少しだけ撫でると、そのままぎゅっと握った。


「 っ!?」


思いっきり振り払う。


「 何するの、変態!」


「 …心外な。変態呼ばわりですか。こうすれば恋人同士に見えて絡まられないですむかと思ったんですが」


ぞわりとたった鳥肌をアミエットは擦る。

クライドは悲しげな表情をしているが。あれは絶対作り物だ。アミエットをからかっている時の彼の表情だ。


「 冗談にしてもやめて、気持ち悪いから」


「 …何故か私がダメージを受けたんですが」


「 知らないわよ、あなたが勝手にしたんでしょ!」


と、先を進んでいたテスが振り返る。


「 仲がいいのは結構だけど、着いたわよ。あの馬鹿ーーレオンがいるところよ」


闇に照らされたネオンが、その看板を照らし出す。アミエットはその文字を呼んでーー絶句した。


〈素敵なダーリンに甘いひとときを♡

ーーー紳士の恋人 〉


「 ………」


「 ………」


「 行くわよ」


黙り込んだアミエットとクライドを無視して、テスは慣れた様子で歩き出す。


「 …え、あの、テスさん。ここって…その…」


「 ん?ああ、キャバレーよ」


何事もないように返されて、アミエットは逆に困惑する。絶対に頬が赤いが、そのような弱みを隣で平然と立っているグライドに見破られなければいいが。


「 チェイスさん?頬が赤いですが」


「ーっ!気の所為よ! 」


こちらを覗き込もうとするクライドを押しやり、毅然とテスに続く。

 

重厚な黒の扉には、可愛らしい女性の筆跡で『お帰りなさいませ、愛しの旦那様♡ 』と書かれている。こんな世界があるなんて知らなかった。知りたくもなかった。


「さ、早くあの馬鹿を回収してきましょ 」


テスがゆっくりと扉をひらけば、どこぞの貴族の使用人風の衣服をまとった男性がこちらに目を向ける。


「 おや、これはナイチンゲール様。もうそろそろお迎えに上がるころかとお待ちしておりました。ーー後ろにおられるのは、後輩さんですかね?」


「いつも悪いわね、セバス。あの馬鹿は?2階?3階? 」


セバス、と呼ばれた男性は慣れた様子でグラスを拭きながら、奥の階段を指さした。


「3階です。アイラとセラフィナ、それからベラにスカーレット、シエナにクロエが接待させていただいています 」


「 今日も多いわね…あのバカ男」


アイラにセラフィナ…接待ーー!?


ここはつまりそういう店で。それだけの女性に接待させているなんて。

アミエットはテスがクズという理由の一端に触れた気がして、頬を熱く染めながら忙しなく視線を動かした。


やけに薄い服を纏った妖艶な女性たちが、ちらほらと通りかかる。その女性たちは酔って顔を赤くした男性の腕に手をかけたり、腰に手を回したりしている。その隙間を先ほどの使用人のような服装をした男性たちが、ワインに注がれたグラスや軽食を持って忙しなく動き回っている。


「…あら、素敵なお兄さん 」


やはりここでも絡まれているクライドは、先ほどと変わらぬ調子で女性たちをあしらっている。


女性たちから香る品の良い香水の香り。

それから、辺りに漂う甘い酒精の芳香。


「 ーーチェイスさん?大丈夫ですか?顔が…」


「 っ大丈夫よ!緊張してるの!」


こちらに伸ばされたクライドの手を振り払う。


いつもは平然とした顔で謝るくせに、なぜだか今はクライドは眉を寄せた。綺麗な形の眉が歪に盛り上がる。


「 心拍数が非常に速いですよ」


「あなたが平静すぎるのよ! 」


いつの間にか腕を取られて脈を測られている。いつになく真剣な顔をしたクライドが、ブルーグレーの瞳をこちらに向けてくる。


「 私のカウンセリングが必要そうですね」


「 逆に気分が悪くなるからやめて!」


「……こういう場に慣れていないからです 」


「あなたは慣れてるっていうの? 」


アミエットの質問に、クライドは直ぐに目を逸らす。


「あくまで人生経験として、ですよ 」


「 ……」


「 ほら、貴女の顔色もーー随分良くなった。私のカウンセリングのお陰ですね。今回だけは無料ですよ」


あまりの図々しさに、一気に冷静になった気がする。腹立たしさと釈然としない感情を抱えたまま、微笑みかけてくるクライドを無視して階段に足をかける。クライドも何も言わずに後ろからついてきている。


「 ーーほら、開けるわよ」


3階の突き当たり。最も豪華な扉に手をかけてテスが不敵に笑った。


がちゃり


扉が開いた瞬間、女性たちの楽しげな笑い声と、若い男性の気分良さげな声が聞こえてくる。


「 ーーあれ、新しい女の子ぉ?」


「 相当酔ってるのね、レオン。私と遊びたいならそれなりに払ってもらわないと困るけれど、遊んであげてもいいわよ?」


大きなソファの中央に、一人の男性が座っていた。足を大きく開いており、その脇には女性が酒瓶を持って楽しげに歓談している。


暁のような赤い髪に、酔いに潤んだバーガンディの瞳。クライドと比べても遜色ないほどの美貌は、女性たちを見てでれでれと溶けている。


その男性ーーレオンは、テスを視界に入れた瞬間、大きく目を見開いた。


「 うぇあ!テテテテテス!」


「 お楽しみ中にごめんなさいね、馬鹿レオン」


扉の入り口で入っていいのか分からずにいるアミエットとは違い、クライドはずかずかと部屋の中に入っていく。


「ーーあ、待って、クライド! 」


「?何を緊張しているんです?早く入ってきてください 」


心底不思議そうに言われ、また苛立ちが頭を駆け巡る。この職場にいると非常に精神的疲労が溜まりそうだ。


「 お嬢さんたち、休憩してらっしゃい。この馬鹿の相手をずっとありがとうね」


「 はぁい、テス様ぁ。でもでも、レオン様はかっこいいから楽しかったですぅ」


「きゃあ、テス様!また来てくださいね 」


きゃあきゃあと姦しく騒ぎながら、ドレス姿の女性たちが部屋をあとにする。


最後な一人がぱたんと扉を閉めた瞬間、恐ろしいほどの静寂が辺りに漂った。

長いので途中で区切ります…

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