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もう戻れない――奪われた、あの時間 。 ~あいつは、俺の前ではあんな顔をしなかった~  作者: 遠崎カヲル


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選んだのは自分だった

それからというもの、グーダスの隣にはいつもあの子がいた。


廊下ですれ違うとき、食堂で昼食をとるとき、ゼミが終わったあとの帰り道。

金に近い茶髪が、グーダスの隣で揺れている。

それを目にするたびに、チョキーナの胸の奥に、冷たいものが静かに落ちていった。


見たくないのに、目が向く。

気にしないようにしようとするほど、意識してしまう。


グーダスはあの子と話すとき、わずかに口元を緩める。

チョキーナには最後まで向けてくれなかった、あの顔で。


グーダスの笑顔に、胸の奥がズキンとする。


噂は知っていた。

誰とでもじゃんけんをする子、という噂。

その先を考えようとして、チョキーナは強く打ち消した。

考えたくなかった。

それでも、考えずにはいられなかった。



その日、チョキーナは一人で廊下を歩いていた。


角を曲がったところで、見覚えのある後ろ姿が目に入った。

金に近い茶髪、へそが覗くトップス。

グーダスの姿はない。一人だった。


チョキーナの足が、自然と止まる。


話しかけてどうするつもりなのか、自分でもわからなかった。

それでも、足は動いていた。


「……あの」


声をかけると、アッチムがゆっくりと振り返った。

目が合う。その表情に、わずかな警戒の色が浮かぶ。


「……なんっすか」


「あなたは」


チョキーナは、声が震えないように、言葉を選んだ。


「グーダスさんの、なんなんですか」


しばらく、沈黙が落ちた。

アッチムはチョキーナをじっと見ていた。感情を読ませない、静かな目だった。


やがて、口を開く。


「うちら、じゃんけんする仲っすから」


その一言が、胸の奥に刺さった。


じゃんけん。

その言葉が持つ意味を、チョキーナは誰よりもよく知っている。


頭の奥で、何かがカッと熱くなった。


「あなたみたいな子が」


声が、わずかに震える。


「誰とでもじゃんけんするような子が、グーダスさんの隣にいるべきじゃない」


言葉が出てから、言いすぎたかもしれないと思った。

でも、止められなかった。


「グーダスさんはそんな子にふさわしい人じゃない」


アッチムは、その言葉を聞きながら、表情を変えなかった。

ただ、その目だけが、わずかに細くなった。


「……あんたが言うんすか、それ」


低く、静かな声だった。


「先輩を傷つけたあんたが」


息が、詰まった。


「先輩がどれだけ傷ついたか、わかってるんすか」


アッチムの声は、怒鳴っていなかった。静かだった。だからこそ、深く刺さった。


「先輩がどれだけ苦しんでたか。どれだけ自分を責めてたか」


「……それは……」


「あんたにうちの何がわかるんすか」


言葉が、出てこない。


否定したかった。私だって苦しかった、と言いたかった。

あのときどれだけグーダスのことを想っていたか、伝えたかった。


でも――何も言えなかった。


アッチムはチョキーナを一度だけ見て、それからゆっくりと視線を外した。


「……うちはグーダスさんから全部聞きました」


静かに、しかし確かな重みで言う。


「あんたのことも、全部」


その言葉が、胸に突き刺さる。


グーダスはこの子に、全部を話したのだ。

自分には最後まで言えなかったことを。

「もういいよ」と背を向けたグーダスが、この子にだけは、すべてを打ち明けていた。


視界がにじむ。涙をこらえようとしても、もうこらえきれなかった。


アッチムは立ち去ろうとして――ふと、足を止めた。


振り返りもせず、ただ前を向いたまま、静かに言葉を落とす。


「ゆっときますけど」


低く、しかしはっきりと。


「うち、じゃんけんはグーダスさんが初めてっすから」


チョキーナの息が、止まった。


「それと」


アッチムは続ける。


「グーダスさんとしてる間は、絶対、他とはしないっすから」


それだけ言って、アッチムは歩き出した。

振り返らない。

説明もしない。

ただ、事実だけを置いていった。


その後ろ姿が、廊下の向こうへと消えていく。


チョキーナはその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。


誰とでもじゃんけんをする子、と思っていた。

だから、ふさわしくないと言った。


でも――


初めてだと言った。

グーダスだけだと言った。

そしてグーダスとしている間は、絶対に他とはしないと言った。


自分が言えなかったことを、この子はとっくに体で示していた。


グーダスを傷つけたのは、自分だった。

あの子はそれを知っている。

グーダスの隣に立つ資格が、自分にはない。


その事実だけが、冷たく、重く、胸の奥に沈んでいった。




「……泣いてるのか?」


不意に、声をかけられた。


振り返ると、そこにパーダロが立っていた。

いつもの余裕を含んだ表情で、チョキーナを見ている。


「……関係ない、です」


「そうか?」


パーダロは一歩、近づく。「でも、ひどい顔してるぜ」


チョキーナの胸の奥で、何かがカッと熱くなった。


あなたのせいで――


言葉が喉まで出かかった。

あなたが私を引き込んだから。

あなたがいなければ、こんなことにならなかった。


でも――


声にならなかった。


パーダロのせいだと、そう言いたかった。

でも、最終的に応じたのは自分だった。

断れたはずだった。

それでも、流されたのは自分だった。


怒りは、行き場を失ったまま、静かに沈んでいった。


「……すまん」


パーダロが、静かに言った。


いつもの軽さが、その声にはなかった。


「お前を傷つけるつもりはなかったんだ」


「え……」


「グーダスとお前の仲を見てて……たぶん、嫉妬してたんだと思う」


チョキーナは顔を上げられない。


「あの時は軽薄に聞こえたかもしれないけど」


パーダロの声が、さらに低くなる。


「おまえだから、だったんだ」


その言葉が、静かに落ちた。


拒む言葉が、出てこない。


グーダスの隣には立てない。

アッチムには勝てない。

傷ついた胸の奥に、その言葉だけが、じわりと染み込んでいく。


チョキーナはただ俯いたまま、動くことができなかった。

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