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第4章―2

「……終わったの?」

 少女の耳にふれていた手がそっと離れた。ソラが体の向きを変えるとマリルの視界は一気にひらけた。大広間の向こうまではっきりと見わたせる。

 ――そこに玉座があった。先程まであぐらをかいて座っていたいた主はもういない。未来永劫、二度とその座につく者は現れないだろうと、他でもない無機質なただのオブジェになり下がった玉座が静かに物語っていた。

 ――こんなあっけない終わり方でいいのかよ……。

 ふと、マリルの脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。

 それは幸いなことであったはずだ。なのに、終わってしまえば何か物足りない。盛り上がりに欠けた結末に消化不良を覚えるのは、わがままというものだろうか。

 二人は広間を進んでいった。ソラは悪魔の王が何百年も温め続けていた玉座にそっと触れてみた。石特有のひんやりとした固い感触が伝わってくる。もはや、そこに何かしらの歴史や感慨といったものを感じ取ることは到底できなかった。

「結局、秤の魔女に関する情報はあの悪魔が持っていってしまったな……。最初から、この遺跡に手がかりなんてなかったのかもしれない」

 ――はあ?

 ソラの言葉にマリルは心底あきれる。

「なに言ってるんだよ。まだ終わりじゃないだろう」

「いや、終わりだよ。ここまでもヒントになるようなものは何もなかったし、こんな奥底まで来てみてもやっぱり何もない」

 本当にこいつは何を言ってるんだろう――マリルはもう一度そう思った。いや、心配したくらいだ。

「だから何でここが終わりなんだよ!」

「誰が見ても分かるじゃないか。もうこの先には何もないんだ」

「だから、お前は何を見ているんだよ!」

 もはやマリルは怒り口調となって、玉座の奥にある壁を指差した。その節穴の目で、しっかり見てみろと言わんばかりに。

「だから何が……って、えっ?」

「そこにでかでかとあるだろうよ! お前には見えないのかよ!」

 そんな馬鹿なと思った。あるはずのないものがそこにあったのだ。

「そんな……この向こうには何もないはずなのに……。地面の底の底のはずなのに……」

「魔法にばかり頼って、自分の目でしっかり見ようとしなくなったんじゃないのかよ!」

 感情のままにマリルは気持ちを吐き出しただけであった。だが、ソラは少女に叱られたような気がした。諭されたような気がした。

 ――マリルの言う通りだ……。

 いつのまにか、自分の目で世界を見ようとしなくなっていたかもしれない。魔導に精通するほどに、魔法で世界を把握するようになってしまった。それがより精確で確かなことだと信じられたから。

 だが、魔法で探索するかぎりそこにあるはずのないものが、他でもないソラ自身の眼にしっかりと映っていたのであった。

「……扉?」

「他の何に見えるっていうんだよ、あれが!」

 壁には見まごうことなき巨大な白亜の扉が現れていた。装飾は控えめに最少に、威圧してくるような圧迫感も感じられない。磨かれた表面はひび一つなく、どこまでいっても光沢を放ち続けていた。悪魔の王が滅び、それがトリガーとなって隠されていた秘密の扉が見えるようになったということなのだろうか。

「ただの飾りじゃないのか……」

「まだそんなこと言ってる。こんな大層な仕掛け、何もないはずがないだろう」

「でも、本当にその向こうには何もないんだ」

「確かめてみりゃいいだろ」

 そう言うと、マリルはポンと軽く玉座を飛び降り、ひとり壁に近づいていった。あとにはソラだけがぽつんと取り残された形だ。

「なあ、魔法は感じるのか?」

 マリルの問いかけに、ソラははっとする。

「いや……魔力は感じられない……」

 遅れてソラも少女を追いかける。

 マリルは扉を前にして、周りの壁も含め周到に観察しているようだった。くんくんと鼻も鳴らしている。

「仕掛けはない……」

 とんと人差し指で扉に触れてみる。続けて手のひらを押しあててみる。

 ――罠はないみたいだけど……。

 マリルは、こんこんと軽く扉をノックした。

 ――!

「……マリル?」

 ソラから見ても明らかに少女の様子が急変したのだ。マリルがつぶやく。

「向こうに部屋がある……それもかなり大きい……」

 マリルは扉に耳を当てた。

 ――そんな、まさか……。

 ソラからこの壁の向こうには何もないと聞かされていた。その情報も折り込みずみで探っていたはずだ。だから、音の反響で扉の向こうに大空間があると分かったときも、どういうことだろうと確かに驚きもした。だが……。

 ――これはあまりに度を越している……。

「――音が聞こえる……。風の音だ……」

「……それってどういう……」

 マリルは言い放つ。

「この扉の向こうは、外だってことだよ……」

 深く、深く、奥深く――ここは地中に潜った底の底。

 ありえない話であった……。


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