第4章―3
「外につながってる……?」
「でもダメだ、開きそうにないよ。固定されてて鍵穴も見つからない。開けるための仕掛けを探してるんだけど――まるで本当に壁の一部みたいだ……」
ソラも壁際まで近づいていった。横では、マリルが自らの役割をまっとうするべく――あるいは自分の盗賊としての能力の矜持にかけて――扉を開放するための手掛かりを懸命に探り続けていた。
――この向こうに本当に空間があるっていうのか……。
いまだ探索魔法には、その気配さえ露とも検知できない。
――近づいたところで、か……。
ソラは感触を確かめるように、そっと扉に触れてみた。微かにひんやりとした石材の温度が指先に伝わってくる。
――?
違和感があった。指先を押し返してくる力が感じられなかったのである。もう少し力をこめてみても、その感触は一向に変わることはなかった。いや、むしろそれ以上に変化した出来事があった。
「えっ……?」
マリルの触れていた扉が急に目の前から遠ざかっていったのである。横に立つソラを思わず睨みあげる。余計なことをしやがってと反射的に腹を立てたようだった。だが、すぐにそれが見当違いであることに気づく。
「お前、いったい何したんだよ……?」
「いや、何も……。本当に何もしてないよ。ただ……」
「ただ……?」
つめ寄る少女に凄まれ、ソラはおずおずと答えた。
「ただ……扉に触れただけなんだけど……」
――それでこんなことが起きるのかよ……。
先ほどまであれほどびくともしなかった扉が、あっさりと目の前で、しかも自動的に開かれていこうとしていたのだ。その光景をマリルはただ呆然と見送るほかなかった。
両開きの扉が遠ざかっていくにつれ、広がっていくすき間からは柔らかな光がもれ出てくる。自然の光に違いなかった。流れこんでくる新鮮な空気が鼻をくすぐる。カビ臭いダンジョンのそれとは大違いであった。扉の向こうはやはり外の世界なのだ。
「聖堂……?」
思わず、マリルの口からその言葉がもれ出る。それも仕方のないことであったろう。扉の向こうには、悪魔王が惰眠をむさぼっていた広間よりさらに広大な空間が待ち構えていたのだ。華美な装飾は施されてはいない。だが、床も壁も目の前で開いていった扉と同じく白亜の大理石で覆われ、磨かれ、その表層は頭上から降りそそぐ陽光をまぶしく反射させていた。
「天井があいてるのか……?」
ふらふらと誘われるようにソラが前に進み出る。
「あっ……おい、待てよ! そんな不用心に中に入るな――」
マリルも慌てて後を追う。
――!
なんだこれ……。
知らずマリルもソラにならうように、呆気にとられた表情になって天井を見上げていた。
空があった――。
晴天の空だ。筋雲がうっすらと糸をひいている。そのさらに上方には、猛禽類だろうか、豆粒ほどにしか見えないが大きな翼を広げ鳥が旋回していた。左手には冠雪をいただいた峰々が顔をのぞかせている。吹きこむ空気はひんやりと乾いて、吸いこむと喉の奥が少し痛んだ。
「地下だったよな……?」
「ああ……。でも、ここは――」
言わずとも、二人とも理解していた。
――かなり標高の高い場所だ……。
絶対にありえないことが起きていた。地下に潜ったはずが、とんでもない高所に出てきてしまったことになる。しかも、ここは麓にフラモ湖を抱えるクラード山脈ではありえない。クラード山脈に雪をいただく峰はない。しかも今頭上に見えている頂ははるかに険峻であった。
――別の場所に出てきた……?
転移した……?
「なあ、あの空、なんかおかしくないか?」
マリルの言葉にソラは現実に引き戻される。
「継ぎ目みたいなものが見えないか?」
ソラも目を細め、マリルの指差す上方を凝視する。
「あっ……」
それはまるで蜘蛛の糸みたいに潜んでいた。確かにひびのような薄い線が幾筋も、二人の見上げた空を覆っている。
何かある――。
直ちにその細い線めがけ、ソラはミスリルの剣を飛ばした。
――ガキン!
「えっ……?」
予想外の出来事に一瞬、頭の中が真っ白になる。隣に立つマリルも同じ表情をしていた。
――あの糸のようなものを切ってやろうとしたんだ……。
それなのに――。
「跳ね返された? なんで?」
マリルが先に声を上げていた。
ミスリルの剣はその細い線にたどり着く一歩手前、何もない空間で弾かれたのであった。
『継ぎ目みたいなものが見えないか?』
マリルが最初に放った印象が正鵠を射ていた。それはまごう事なく繋ぎ目であったのだ。
「天井がある――!」
その瞬間、得体の知れぬ悪寒が背中を走った。焦燥を覚える。だが、その理由が何なのかソラにはまだ説明ができなかった。
「だけど、風は入ってきてるぜ……」
――そうだ……。
異なる地点の空間を繋げているんだろうか。どんな理屈か見当もつかない。とにかく、とんでもない魔法であることだけは間違いない。いまだ探索魔法では、ここは地中ということになっている。つまり自分たちは今、地面と重なっているっていうことだ。
――そして、空気は自由に天井を出入りできている。
許されたものだけが出入りできる……。
その瞬間、はっとした。
――それはつまり……。
許されていないものは、この空間に閉じこめられるってことだ……。
次の瞬間、ソラはマリルに向かって叫んでいた。
「罠だ!」
打ち合わせていたわけではない。反射的に二人は背後の扉へと振り向く。一刻も早く、この空間から逃れなくてはならない!
だが――。
二人が振り向くと同時に、まるで獲物の行動を予期していたかのように、音もなく扉は閉じていったのである。
――はめられた!
しかし、二人にゆっくりと悔やむ時間は与えられなかった。さらに追い打ちをかける出来事が背後で起きたのだ。
バサバサッ――!
一瞬、辺りが暗くなった。そして、すぐにまた明るくなる。背を向けた空間の上空を何かが通り抜けていったのだ。天井すれすれを飛んでいき、なおその大空間を影で覆いつくすほどの巨大さ。
二人が振り向いたとき、かろうじてそいつの一部が死角へと消えていくところであった。
ソラとマリルは目撃した――。
「なんだよ、あれ……」
「鱗に覆われていた……鳥じゃない……」
まるで大木のようであった。赤い鱗に覆われた巨大な尻尾。それが蛇のようにうねって視界の届かぬところへ飛び抜けていった。
――また戻ってくる……。
予感ではない。必然のことだと悟ったのだ。
「――ドラゴンだ……」
ソラの口から伝説の生き物の名がこぼれ出ていた。




