表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/38

第4章―1

「久方ぶりの贄よ。心ゆくまで絶望の叫声をあげ、我を楽しませ……」

 玉座の悪魔が言い終わらぬうちに、壁に掛けられた燭台という燭台に光が灯っていく。まばゆい青白光がそこかしこを照らし、闇に沈んでいた大広間を一瞬で染めあげていった。

「ぐっ……」

 悪魔が呻いたような気がした。筋骨隆々のどす黒い体の表面から、うっすら蜃気楼のように煙が上がりだす。聖なる光に炙られているのだ。

 ソラは詠唱を続ける。間髪入れず、聖なる光を帯びた六振りの剣が、獲物を狙う猛禽類のごとく大広間を滑空していった。

 ――容赦ないな……。

 無意識にそう思っていた。そう思うこと自体、屈辱以外の何ものでもなかったはずだ。だが、知らず思ってしまっていた。当の本人も気づかぬうちに。

 思ってしまった……よりにもよって悪魔の王たる我が――。

 あとは容易かった。六振りの聖なる光を帯びたミスリルの剣が、ソラを前にしては虚実のごとき悪魔の王に襲いかかり、その身を切り刻んでいったのだ。鮮血のように黒い粒子が噴き出し、じわじわと切断面が蒸発していく。

『――正気なのか!』

 こんな状況下で――いや、こんな状況だからこそかもしれない――不意に、アークデーモンでさえ忘却していたあの日の光景が鮮明に想起されていった。むしろ、そうなるように最初から仕向けられていたと言ってもいい。

 ――魔女め……。


『あら、私の力はよく知っているでしょ。この程度の雑魚、時空の檻に永遠に閉じ込めておくなんて造作もないことよ。それに、こいつらのしてきたことには罰を与えないとね、それもとびきりの――』

 魔女は悪戯っぽく笑ってみせた。悪魔でさえ思わず身震いしてしまう、奥底の見えない冷えきった笑みであった。

『たばかる相手のいない場所よ、愉悦を求めることなんてとんでもない。無為永劫の時をこいつらは過ごすの、惨めったらしくね――』

『君の力を疑ってなんていない。でも、永遠にダンジョンを守らせるために悪魔を使おうだなんて……。そのときが来たら、彼はどうやって奴らと対峙するんだ?』 

『取り憑く人間がいないんですもの、あいつらは簡単に姿をさらすことになるのよ』

『そういうことじゃない。私が言いたいのは、どうやって奴らを葬るのかっていう……。――もしかして、君には見えているのか……』

『――ねえ、お願いがあるの。あなたのお父さまと同じように、あなたの因子を私に分けてほしいの』

 魔女は甘えるような表情をつくってみせた。

『ね、いいでしょ。――白の魔導士さま!』

 男は天を仰いだ。どこか遠い景色を眺めているようだった。

『――父は、君に渡したのか……』

『お父さまは快く分けてくれたわ。だって、娘の頼みだもん。断ることなんてできない――って、ちょっと卑怯な言い方だったよね。ごめん……』

『それはいい……。父もそう思っていた。私だって、君の頼みを断ることなんてできるはずがない……』

『どうしても必要なものなの』

『シーナ……君はそれでいったい何をするつもりなんだい?』

『……英雄をつくるのよ』

『それは誰にとっての英雄なんだろう……。世界にとっての? ――それとも、君のための……』

 魔女は、ふふっとはにかんだ。


「くそっ! くそっ! あの忌々しい魔女め――!」

 アークデーモンは呪詛の叫び声をあげていた。断末魔だ。

 ――!

 不意に剣の動きが止まる。

 ――魔女だって……?

 今、あいつは魔女と言ったのか――。

 そのわずかな間隙をアークデーモンは見逃さなかった。

 ――奴は、魔女という言葉に反応したな……。

 そうか、これが奴につけ入る隙か――。

「ぐははは――お前は魔女のことを知りたくはないのか!」

「何を知ってる、悪魔!」

 だが、そのときソラの袖を引っ張る者がいた。マリルだ。

「なあ、おい――気をつけないといけない、たった一つのことはどうしたんだよ?」

 はっとして、ソラは詠唱を再開する。

「そうだよね。危ない危ない――」

 聖なる光を帯びた剣の群れは、先ほどよりも獰猛に、そして残虐にアークデーモンを切り刻んでいった。

 ――あの女め……。

 もはや自分が消滅することは免れない。またしても女に――悪魔は苦痛にゆがむ顔でマリルを睨みつけた。最後に呪いのひとつでもかけてやろうとしたのだ。

 ――!

 だが、そのとき、悪魔の王は見た。そして、ひどく満足な気持ちになったのだ。

 ――ふははは、我が手を下さなくとも……!

「魔導士! お前はその女に――」

 そっと、ソラの手が伸びてマリルの耳をふさぐ。驚いた少女は青年の顔を見た。優しく微笑んでいた。

「気をつけないといけない、たった一つのこと――悪魔の声に耳を貸さないこと」

 最後の最後まで思い通りにいかなかった。悪魔の王は、苛立ち、絶望し、怨み、憎しみ、また絶望し、そのとりとめもない感情がまとまる間もなく、やがてぷっつりと途絶えたのだった。

 地上から最後の悪魔が消滅した瞬間であった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ